古都 (小説) 作品評価・研究

古都 (小説)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/18 06:28 UTC 版)

作品評価・研究

※川端康成の作品や随筆内からの文章の引用は〈 〉にしています(論者や評者の論文からの引用部との区別のため)。

『古都』は、京都という古き伝統が残る地を舞台とし、各地の名所や年中行事絵巻を楽しめる作品でもあり、映画化やドラマ化も多くなされ知名度はあるが、他の代表的川端作品の『雪国』や『山の音』などに比べると、文学的にはあまり本格的論及の対象とはなっていない傾向がある[2]。失われてゆく日本の美をとどめておきたいという、川端自身の創作意図の観点から論じられることが多く、構造的な読みは他の川端作品よりは少ない[2]

三谷憲正は、「すみれ」の可憐さをもつ女性として登場した千重子が、〈北山杉〉の素直さをも同時に合わせ持つイメージとして物語が進行してゆくが、千重子が〈北山杉〉の林の中で、苗子と胎内の双生児のように抱き合った後には、次第に〈〉の力強さを身につけてゆくと解説している[17]

また『古都』は『竹取物語』との類縁を指摘されることもしばしばあり、三谷はそれに関し、千重子の養父「太吉郎」(takitiro)の名は「竹取翁」(taketori okina)のアナグラムであるという学会発表の会場からの指摘を記している[17]。さらに高橋真理は、このアナグラムを敷衍し、「竹取翁」(taketori okina)から、「太吉郎」(takitiro)をマイナスすると、イコール「苗子」(naeko)であることを指摘し、「この二人の人物にまたがるようにtieko(「千重子」)の名はある」と考察している[18]

田村充正は、姉と生き別れ、両親を失った苗子の姿には、幼い頃に両親を失い、おぼろげな姉の記憶しかない川端自身の境遇が投影され、苗子が思慕する会ったことのない姉とは、川端の姉・芳子への「秘められた思慕」であり、姉に会いたかったという苗子の「心情のほとばしり」は、そのまま川端の「心情の真実」であろうと考察し、それが『古都』を「既成のモチーフの借用だけで作られたのではない、川端にとって創作の必然を秘めた作品」にしていると解説している[19]

川端は、『古都』刊行後に執筆した随筆で、〈山が見えない、山が見えない。近ごろ、私は京都の町を歩きながら、声なくさうつぶやいてゐることがある〉[20]、〈山の木はなくなり、山は削りくづされて分譲地になつてしまはないか。自然の美の尊びも、町づくりの美も踏みやぶつてゆく、今の日本人はすさまじい勢ひ、おそろしい力である〉と記して[20]、都市景観の破壊的変化を危惧し[20]、後に東山魁夷『京洛四季』に寄せた序文でも同様のことを述べて、〈京都は今描いといていただかないとなくなります〉と東山にしきりに勧めて[21]、〈みにくい安洋館〉が建ちはじめて、〈町通りから山が見えなくなつたのである。山の見えない町なんて、私には京都ではない〉という歎きを記している[21]

野口祐子はこういった川端の危機感を踏まえて、川端が『古都』を四季で構成したのは、安易な方法ではなく、時代への批判精神であり、そこで試みたのは、高度経済成長期の日本に対する「ささやかな抵抗」であるとし[12]、川端が東山へ送った言葉を自ら行なった創作が『古都』であったと解説しながら[12]、「『古都』の、時代から遊離したかのごとく感じられる古風な京都イメージと登場人物、そして円環的時間間隔と物語性の欠落は、川端の京都を古都として描き残そうとする使命感のなせるわざだったと言えるだろう」と論じている[12]

呉悦は、『古都』の書かれた当時の急速な近代化の日本社会を鑑み、川端がその流れに反して、主人公の少女たちを「単純」「純潔」に表現し、「少女特有の恥じらい」を溢れさせているとし[22]、他の登場人物も古い土地で代々伝わる家業を守り暮らしている設定であり、その主題の中には、徐々に失われてゆく伝統風景や自然の生命、人間社会への厭世と裏腹の人間愛、近代化の波による過去に対する懐かしさなどが入り混じっていると解説している[22]。そして戦後、世の中の価値観の変動を目の当たりにした川端が述べていた以下の随筆の言葉を引きながら、川端が〈現実を信じない[23]〉結果、「日本の伝統的故郷に対する愛を徹底的に」描き出すことに情熱を傾けたのが『古都』だと論じている[22]

戦争中、殊に敗戦後、日本人には真の悲劇も不幸も感じる力がないといふ、私の前からの思ひは強くなつた。感じる力がないといふことは、感じられる本体がないといふことであらう。敗戦後の私は日本古来の悲しみのなかに帰つてゆくばかりである。私は戦後の世相なるもの、風俗なるものを信じない。現実なるものをあるひは信じない。 — 川端康成「哀愁」[23]

そして呉悦は、川端が『古都』において、「懸命に理想的世界を作り、純粋な人物を登場させているにもかかわらず、人物は悲哀に富んだ人生を辿ることから、川端の現実社会に対する失望、不信感が窺える」とし[22]、作中に漂う哀愁や、〈運命〉という言葉の繰り返しは、「変えられない運命に左右される時の作者の感嘆」であり、その後幻想的な世界観の『片腕』を描き、現実からかけ離れた道を辿っていったのは、西欧近代化の波と伝統との葛藤が強まった川端の、「日本の伝統を必死に守ろうにも守りきれなかったという現実に対する無力感の現れ」ではないかと考察しながら[22]新感覚派の旗手として西欧思想を取り入れ欧米に学んだ後に日本伝統回帰を経て、不思議な作品を創出し、最後は自殺してしまった川端自身の運命について言及している[22]

山田吉郎は、川端が巨木を愛していたことから北山杉との関連などに触れつつ、『古都』の物語の深層に「霊界との交信」を看取し[24]、川端の主治医だった栗原雅直が『古都』の双子について、「やはりナルシシスムとは言うものの、見ぬ母への空想的な愛情要求の変形としてとることができ、見る自分と見られる自分というの世界、二重身ドッペルゲンガーの問題との関連をもつものである[25]」と論じたことに示唆を受けつつ、以下のように心霊的、霊界通信的な要素と絡めて姉妹2人を考察している[24]

本質的なことは、川端が『古都』という作品において、知らず知らずのうちに霊界との交感をおこなっていたということである。北山杉の村には現世と隔絶した霊界の磁場が張られ、その内奥に〈未生〉および〈死後〉の世界がひそんでいた。その霊界からあらわれたかのような苗子は、主人公千重子を北山杉の村へといざない、千重子に〈未生の時〉をかいま見せるのである。こうした現世と霊界との交感を、川端は眠り薬に侵されたうつつない薄明の世界で、何ものかに促されるように書いていったのである。 — 山田吉郎「『古都』の精神構造」[24]

また山田は、作中に見られる〈魔界〉の要素として、北山杉の村に向うバスの中で、手錠をかけられている若い男が千重子に声をかける場面などを指摘している[24]


  1. ^ 山本健吉「解説」(古都文庫 2010, pp. 271–278)
  2. ^ a b c 上田渡「古都」(事典 1998, pp. 153–155)
  3. ^ 「第9章 抱擁する『魔界』――たんぽぽ」(富岡 2015, pp. 199–224)
  4. ^ a b c d e 「解題――古都」(小説18 1980, pp. 588–589)
  5. ^ 「作品年表――昭和36年(1961)から昭和37年(1962)」(雑纂2 1983, pp. 570–573)
  6. ^ a b c d e f 川端康成「あとがき」(『古都』新潮社、1962年6月)。古都12巻 1970古都文庫 2010, pp. 267–270再録。評論5 1982, pp. 660–662に所収
  7. ^ 「著書目録 一 単行本――139」(雑纂2 1983, p. 611)
  8. ^ 「翻訳書目録――古都」(雑纂2 1983, pp. 656–658)
  9. ^ 現:京都市中京区の株式会社龍村美術織物
  10. ^ a b 野末明「『古都』成立考」(『康成・鴎外―研究と新資料―』審美社、1997年11月)。森本・下 2014, p. 346,366-367
  11. ^ 伊吹 1997
  12. ^ a b c d 野口 2009
  13. ^ 「『古都』作者の言葉」(朝日新聞 1961年10月4日号)。評論5 1982, p. 175に所収
  14. ^ a b 塚田満江「『古都』うらおもて」(作品研究 1969, pp. 308–323)
  15. ^ 桑原武夫「川端康成氏との一夕」(文藝春秋 1972年6月号)
  16. ^ 「『古都』を書き終えて」(朝日新聞 1962年1月29日-31日号)。古都12巻 1970評論5 1982, pp. 180–186に所収
  17. ^ a b 三谷 1995
  18. ^ 高橋 2001
  19. ^ 田村充正「川端文学、美の反響――『古都』秘められた亡き姉への思慕」(太陽 2009, pp. 132–133)
  20. ^ a b c 「自慢十話・町づくり」(毎日新聞 1962年8月7日号)。古都12巻 1970随筆3 1982, pp. 158–179に所収
  21. ^ a b 「都のすがた――とどめおかまし」(東山魁夷『京洛四季』序文)(1969年)。随筆3 1982, pp. 508–533、一草一花 1991, pp. 229–238に所収
  22. ^ a b c d e f 呉悦 2011
  23. ^ a b 「哀愁」(社会 1947年10月号)。『哀愁』(細川書店、1949年12月)、随筆2 1982, pp. 388–396、随筆集 2013に所収
  24. ^ a b c d 山田吉郎「『古都』の精神構造」(『川端康成研究叢書8』教育出版センター、1980年11月)。森本・下 2014, pp. 368–369, 566に抜粋掲載
  25. ^ 「寒風の母――川端作品の血縁構造〈五 女性的なるもの〉2 とりちがえ、双生児の姉妹」(NAMAZU 1981年5月・第5号)。栗原 1986, pp. 175–183に所収。森本・下 2014, p. 369に抜粋掲載
  26. ^ a b 志村三代子「川端康成原作映画事典――34『古都』」(川端康成スタディーズ 2016, pp. 255–256)
  27. ^ “松雪泰子が橋本愛と成海璃子の母親演じる「古都」、川端康成の小説を現代にアレンジ”. 映画ナタリー. (2016年6月15日). https://natalie.mu/eiga/news/190894 2016年6月15日閲覧。 
  28. ^ 松雪泰子が橋本愛と成海璃子の母親演じる「古都」、川端康成の小説を現代にアレンジ(2016年6月15日)、映画ナタリー、2016年10月7日閲覧。
  29. ^ 志村三代子「川端康成原作映画事典――42『古都』」(川端康成スタディーズ 2016, p. 262)
  30. ^ “松雪泰子主演「古都」、文部科学省特別選定作品に決定!”. 映画.com (株式会社エイガ・ドット・コム). (2016年8月26日). https://eiga.com/news/20160826/5/ 2018年10月30日閲覧。 
  31. ^ 恒川茂樹「川端康成〈転生〉作品年表【引用・オマージュ篇】」(転生 2022, pp. 261–267)





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