ターズィエとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > ターズィエの意味・解説 

ターズィエ

(ta'zieh から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/09 03:55 UTC 版)

ターズィエペルシア語: تعزیه‎, ラテン文字転写: taʿzīe、タージヤ、タァズィーエ)は、アラビア語からペルシア語に入った語で、シーア派でいうイマーム殉教を悼む哀悼行事、およびそれに関するものなどを指す[1]十二イマーム派ではイマームの殉教を偲んで泣く行為は救済に繋がるとされたため、特にイマーム・フサインが殉教したカルバラーの惨劇が起きたムハッラム月9日(タースーアー)と同月10日(アーシューラー)のターズィエが盛んになった[2]。全体としてムハッラム月の10日間に行われるターズィエは、いわゆるハレの機会であり、シーア派ムスリムにとって、年に一度の最も重要な「お祭り」の一つである[3]


注釈

  1. ^ ホセインwikidata」は、アラビア語: حُسَيْن‎, ラテン文字転写: ḥusayn(フサインないしフセイン)の現代ペルシャ語表現(ペルシア語: حسین‎, ラテン文字転写: Hossein)のカタカナ転写。ここでは、預言者ムハンマドの孫でカルバラーの戦いで殺されたフサイン・イブン・アリー・イブン・アビー=ターリブのこと。シーア派では祖父ムハンマドを継いだ父アリーが初代、兄ハサンが2代目、ホセインが3代目のイマームと数える。

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j 山岸智子 (2002). "ターズィイエ". 岩波イスラーム辞典. pp. 605–606.
  2. ^ a b c d e f 山岸智子「タージヤ」『新イスラム事典』2002年、320頁。 
  3. ^ 嶋本隆光 2008, p. 154.
  4. ^ a b c d Chelkowski, Peter (15 July 2009). "TAʿZIA". Encyclopaedia Iranica. 2018年7月23日閲覧
  5. ^ a b c イランの文化と、イマーム、ホサインの蜂起との関係”. Pars Today (2016年10月16日). 2018年7月21日閲覧。
  6. ^ a b c d グスタフ・フォン・グルーネバウム『イスラームの祭り』嶋本隆光監訳、伊吹寛子訳、法政大学出版局〈イスラーム文化叢書5〉、2002年6月25日。ISBN 4-588-23805-1  pp.119-126
  7. ^ アーシューラーの殉教劇タアズィーイェ、イラン国民遺産に登録”. 東京外国語大学 (2009年2月16日). 2018年7月20日閲覧。
  8. ^ 古田陽久古田真美『世界無形文化遺産データ・ブック ―2014年版―』シンクタンクせとうち総合研究機構、2014年、120頁。ISBN 978-4-86200-183-2
  9. ^ (英語) Ritual dramatic art of Ta‘zīye - intangible heritage - Cultural sector - UNESCO. 2018年7月24日閲覧。
  10. ^ 嶋本隆光 2008, pp. 154–155.
  11. ^ フトバ』 - コトバンク
  12. ^ a b c R. Strothmann. “Shi'a”. Encyclopaedia of Islam. 


「ターズィエ」の続きの解説一覧



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「ターズィエ」の関連用語

ターズィエのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



ターズィエのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのターズィエ (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS