キャッチ結合組織
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キャッチ結合組織(きゃっちけつごうそしき、英:catch connective tissue)は、動物の組織 (生物学)の一つの結合組織の一種で、棘皮動物にのみ見られるもので、硬さが短時間内に変わる結合組織である[1]。可変コラーゲン組織(英:mutable collagenous tissue)と呼ばれることもある。組織の硬さは外界からの刺激に反応して、筋肉による手段ではなく神経制御によって数秒から数分でその機械的特性を変化させることができ、変化は可逆的である(ただし自切の際にはものすごく軟らかくなる不可逆的な変化)。棘皮動物のすべての綱に存在し、姿勢維持や力学的防御に働く[2][3][4]。
結合組織(真皮、腱、靭帯を含む)は、動物の四大組織の一つである。通常の結合組織は、加齢という緩慢な過程を除き、その硬さを変化させない。しかしキャッチ結合組織は、神経制御下での刺激に応答して、急速かつ大きく、かつ可逆的な硬さの変化を示す。この結合組織は棘皮動物に特有であり、低エネルギー消費での姿勢維持・機械的防御、体分裂・自切に機能する。組織の剛性変化は細胞外物質の剛性変化に起因する。時に散在する少量の筋細胞は剛性変化機構にほとんど影響を与えない。
語源
キャッチとは「掛け金」の意味。硬くなった状態では、掛け金がかかった時のように、大きな外力をかけても変形せず、変形しない状態を、ほとんどエネルギーを使わずに保っておけるため、こう命名された。古くより、貝の閉殻筋に存在するキャッチ筋の存在が知られており、これはきわめて少ないエネルギー消費で貝の殻を閉じ続けておける特殊な筋肉であるが、その結合組織版という意味をもつ命名である。
体内における分布
ナマコ綱:体壁の真皮(力学的防御、姿勢維持)
ウニ綱:棘の根元にある関節のキャッチアパレータス(棘の姿勢を保つ)、アリストテレスの提灯にある顎と歯を結びつけている靱帯(普段は硬く歯を顎に固定しているが、歯を萌出させるときには軟らかくなる)
ヒトデ:体壁の真皮(力学的防御、姿勢維持)、管足の壁
クモヒトデ:腕骨と腕骨をつなげている靱帯(姿勢維持、自切)
ウミユリ、ウミシダ、ウミユリ綱:腕、柄、巻枝の骨片間をつなげている靱帯(姿勢維持、自切)
初期の棘皮動物は、水流によって運ばれる浮遊粒子を摂食する固着性生物であった。その体は鱗状に重なり合った小さな骨板で覆われていた。骨板の配列は、動物が体形を変えられるよう骨板が滑動関節として機能したことを示唆し、おそらく摂食姿勢を伸ばしたり、平らな「隠れる」姿勢を取ることができた。体板は、初期の棘皮動物にこうした姿勢変化を可能にした捕捉性結合組織で連結されていた可能性がある[5]。
硬さ変化の機構
キャッチ結合組織の研究の多くはナマコの皮(真皮)を材料として行われて来ており、硬さ変化機構の解明が進んでいるのはナマコ真皮のみである。
力学的特性の変化と形態的変化の関連
真皮層は硬さの異なる3状態で、形態的にも違いが観察されている。
ナマコ真皮の詳細な力学試験によると真皮には「軟質状態」、「標準状態(刺激を受けていない時の状態)」、「硬質状態」の3つの力学的状態が区別される[6]。その力学的特性は、プロテオグリカンのハイドロゲルに埋め込まれたコラーゲン線維からなる細胞外物質によって決定される。刺激を受けていない個体は「標準状態」にある。硬質化メカニズムは「軟質状態 → 標準状態」移行時と「標準状態 →硬質状態」移行時で異なる分子機構が確認されており、硬度変化を引き起こす3種のタンパク質が単離されている。
コラーゲン間の凝集力を増大させ「軟質状態 → 標準状態」変化を誘発するのがテンシリン(tensilin)で、軟化作用は逆方向の変化を引き起こす[7]。「標準状態 → 硬質状態」変化を誘導するのがNSF(new stiffening factor)である[8][9][10]。
コラーゲン繊維がフェルト状の網目になったものが、プロテオグリカンのゲル中に埋まったものでできており、ゲル中には細胞がまばらに存在しているのみで大量の水を含んでおり、ハイドロゲルと見なせるものである。
真皮のコラーゲン繊維はコラーゲン原繊維が集まって形成されており,コラーゲン原繊維間には架橋構造が存在する。架橋の数は「軟質状態<標準状態<硬質状態」の順に増加する[11]。架橋の数のみならず、原繊維そのものの形態にも3状態で違いが見られる。軟状態では、コラーゲン原繊維の直径が硬状態と比べて減少しており、これは軟状態になる際、亜繊維の凝集力が減少し、原繊維がさらに細い亜原繊維の束に分かれたためと解釈できる。
硬さの変化は神経支配による
硬さは神経の支配を受けている。「硬化神経の支配下にある神経分泌細胞から硬化タンパク質が分泌され,また,軟化神経の支配下にある神経分泌細胞から軟化タンパク質が分泌され,それらのタンパクがコラーゲンやプロテオグリカン分子間の相互作用に何らかの変化を与えて硬さ変化が起きる」との作業仮説の下に研究が進められ、硬化神経や軟化神経から出される神経伝達物質(神経ペプチド)と、神経分泌細胞から分泌されるタンパク質が複数単離されてきた。亜原繊維同士の凝集に関わるタンパクがテンシリンであり、その働きに拮抗するタンパクがソフニンである。「標準→硬」の変化を起こすタンパク質はnew stiffening factor (NSF)である。
エネルギー消費の少なさ
キャッチ結合組織の大きな特徴は、エネルギー消費量の少ないことである。硬状態の真皮は収縮中の筋肉の1/12しかエネルギーを使わない。硬状態の真皮は、縦走筋の10倍の受動的な張力を発生することを考慮すると、キャッチ結合組織を使うと、筋を使う時に比べ、1/100のエネルギーで姿勢を維持できることになる。棘皮動物は皆,同じ体の大きさの他の無脊椎動物と比べて、個体のエネルギー消費量が約1/100であるが、その低いエネルギー消費にキャッチ結合組織が大いに寄与していると考えられている[12]。
脚注
- ^ 本川達雄「「かたさ」がすばやく変わる結合組織」『動物生理』第1巻第3号、日本比較生理生化学会、1984年、114-120頁、doi:10.3330/hikakuseiriseika1984.1.114、ISSN 0289-6583、 NAID 130004115453。
- ^ 本川達雄 (2020). “キャッチ結合組織:棘皮動物に特有の硬さの変わる皮”. 海洋と生物 42: 244.
- ^ Motokawa, T. (2019). “Skin of sea cucumbers: the smart connective tissue that alters mechanical properties in response to external stimuli”. J. Aero Aqua Bio-Mechanics (エアロ・アクアバイオメカニズム学会) 8: 2. doi:10.5226/jabmech.8.2.
- ^ ウニはすごいバッタもすごい. 中央公論新社. (2017)
- ^ Motokawa, T (1988). “Catch connective tissue: a key character for echinoderms' success”. In Burke, R.D.; Mladenov, P.V.; Lambert, P. et al.. Echinoderm Biology. Rotterdam: Balkema. p. 1988
- ^ Motokawa, T.; Tsuchi, A. (2003). “Dynamic mechanical properties of body-wall dermis in various mechanical states and their implications for the behavior of sea cucumbers”. Biological Bulletin 205: 261.
- ^ Tipper, Jennifer P.; Lyons-Levy, Gillian; Atkinson, Mark A. L.; Trotter, John A. (2002-12). “Purification, characterization and cloning of tensilin, the collagen-fibril binding and tissue-stiffening factor from Cucumaria frondosa dermis”. Matrix Biology: Journal of the International Society for Matrix Biology 21 (8): 625–635. doi:10.1016/s0945-053x(02)00090-2. ISSN 0945-053X. PMID 12524049.
- ^ Yamada, A.; Tamori, M.; Iketani, T.; Oiwa, K.; Motokawa, T. (2010). “A novel stiffening factor inducing the stiffest state of holothurian catch connective tissue”. J. Exp. Biol. 213 (Pt 20): 3416–3422. doi:10.1242/jeb.044149. PMID 20889821.
- ^ Takehana, Y.; Yamada, A.; Tamori, M.; Motokawa, T. (2014). “Softenin, a novel protein that softens the connective tissue of sea cucumbers through inhibiting interaction between collagen fibrils”. PLOS ONE 9 (4). doi:10.1371/journal.pone.0195836. PMC 5897022. PMID 29649336.
- ^ Tipper, P.; Lyons-Levi, G.; Atkinson, M.A.I.; Trotter, J.A. (2003). “Purification, characterization and cloning of tensilin, the collagen-fibril binding and tissue stiffening factor from Cucumaria frondosa dermis”. Matrix Biol. 21 (8): 625–635. doi:10.1016/S0945-053X(02)00090-2. PMID 12524049.
- ^ Tamori, M.; Ishida, K.; Matsuura, E.; Ogasawara, K.; Hanasaka, T.; Takehana, Y.; Motokawa, T.; Osawa, T. (2016). “Ultrastructural changes associated with reversible stiffening in catch connective tissue of sea cucumbers”. PLOS ONE 11 (5). Bibcode: 2016PLoSO..1155673T. doi:10.1371/journal.pone.0155673. PMC 4871580. PMID 27192546.
- ^ Takemae, N.; Nakaya, F.; Motokawa, T. (2009). “Low oxygen consumption and high body content of catch connective tissue in body contribute to low metabolic rate of sea cucumbers”. Biological Bulletin 216: 45.
参考文献
- “かたさの変わる結合組織の研究”. KAKEN. 2026年3月7日閲覧。
- “ヒトデにおけるキャッチ結合組織の研究”. KAKEN. 2026年3月7日閲覧。
- “キャッチ結合組織の基礎的研究”. KAKEN. 2026年3月7日閲覧。
- “ヒトデ体壁のキャッチ結合組織”. KAKEN. 2026年3月7日閲覧。
- “ウミユリにおけるキャッチ結合組織の役割”. KAKEN. 2026年3月7日閲覧。
- “ウミユリの運動と姿勢維持”. KAKEN. 2026年3月7日閲覧。
- “キャッチ結合組織の遍在性”. KAKEN. 2026年3月7日閲覧。
- “結合組織による収縮”. KAKEN. 2026年3月7日閲覧。
- “棘皮動物の神経系-とくにキャッチ結合組織を支配するペプチド性神経の研究”. KAKEN. 2026年3月7日閲覧。
- “キャッチ結合組織における分子シンクロナイゼーションとモデル化”. KAKEN. 2026年3月7日閲覧。
- “キャッチ結合組織の総合的研究”. KAKEN. 2026年3月7日閲覧。
- “硬さ可変結合組織研究の総括”. KAKEN. 2026年3月7日閲覧。
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