SBB (バンド)とは? わかりやすく解説

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SBB (バンド)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/15 17:50 UTC 版)

SBB
SBB(2013年)
基本情報
別名 Silesian Blues Band
Szukaj, Burz, Buduj
出身地 ポーランド シェミャノヴィツェ
ジャンル ジャズ・ロック
ブルースロック
プログレッシブ・ロック
アート・ロック
フュージョン
活動期間 1971年 -
レーベル CBS、Polskie Nagrania Muza、スプラフォン、Spiegelei-Intercord、Omnibus、Wifon、Amiga、Jazz 'n' Java、メタル・マインド・プロダクションズ、Polskie Radio
共同作業者 チェスワフ・ニエメン
メンバー ヨゼフ・スクシェク
アポストリス・アンティモス
イェジ・ピオトロフスキ
旧メンバー ポール・ワーティコ

SBB(エス・ビー・ビー、最初はSilesian Blues Band、後にSzukaj, Burz, Budujとして知られる。=「探求、破壊、構築」のポーランド語)は、1971年に上シレジアシェミャノヴィツェで結成されたポーランドプログレッシブ・ロック・バンドである。マルチ奏者でボーカリストのヨゼフ・スクシェク、若いギター奏者のアポストリス・アンティモス、ドラマーのイェジ・ピオトロフスキ、サウンドエンジニアのグジェゴルツ・マニエツキで構成されていた。1970年代にポーランドとヨーロッパで最も人気のあるスーパーグループの1つであった。

1971年から1973年末まで、SBBはチェスワフ・ヴィドジツキをサポートするニエメンとして演奏した。グループのニエメンとして、彼らはJoachim-Ernst Berendtがオーガナイズする「Rock & Jazz Now!」という1972年ミュンヘンオリンピックのオープニング・ショーで(チャールズ・ミンガスジョン・マクラフリン&マハヴィシュヌ・オーケストラと並んで)演奏し、その後、ジャック・ブルースのツアーに同行している。ミュンヘンでCBSレコード・インターナショナルから2枚のLPを録音し、ラインハルト・マック(音楽プロデューサー、サウンド・エンジニア)との長期にわたる友情と協力をスタートした。ラインハルトの息子であるジュリアン・マックは、2005年にSBBのアルバム『New Century』で演奏している。SBBとニエメンの協力は5枚のアルバムで発表された。

このバンドは、プログレッシブ・ロックとジャズ・ロックの先駆者の1つであり、多くの影響力のあるジャズ・ミュージシャンを引き付けた。トランペッターのアンドジェ・プルジビエルスキ (Andrzej Przybielski)と、サックス奏者でバスクラリネット奏者のトマシュ・シュカルスキは、SBBとの長期にわたる関係を築いた。

このグループは、チェコスロバキア、東西ドイツ、フィンランドスウェーデンデンマークハンガリー、オーストリア、スイス、オランダ、ベルギーを定期的にツアーした。1978年、SBBはOIRT・アワードで「Gouden Zeezwaluw(金の海燕)」を受賞した[1]。バンドは、ポーランドで戒厳令が発効するちょうど13か月前の1980年に解散した。ヨゼフ・スクシェクとトマシュ・シュカルスキとバンドの技術クルーは、ヨゼフ・スクシェク=トマシュ・シュカルスキ・デュオおよびヨゼフ・スクシェク・フォーメーションとして、ポーランドで戒厳令が導入される11か月前に制作された預言的な映画『The World of Wars:Next Century』に参加した。戒厳令の発足後、アポストリス・アンティモスはジャズ・トランペッターであるトーマス・スタンコやギリシャのジョージ・ダララスのバンドに加わり、イェジ・ピオトロフスキはKombi、Young Power、Krzak、Martyna Jakubowicz、Stanisław Sojkaといった様々なミュージシャンのバンドに加わった。ヨゼフ・スクシェクは主に教会でオルガン音楽を演奏した。

SBBは、ポーランドで救国軍事会議が戒厳令を停止した後、1991年、1993年、1998年、最終的に2000年に一時的に活動を再開している。再始動後、SBBはアメリカ合衆国(1994年、ドラマーのイェジ・ピオトロフスキはアメリカに滞在した)とロシアにて短期ツアーを行い、2006年、メキシコのメヒカリで開催されたバハ・プログ・フェスティバルのハイライトとしてパフォーマンス(ドラマーのポール・ワーティコと共演)した。2016年からマイケル・ウルバニアクがバンドのサポートを開始した。

メンバー

  • ヨゼフ・スクシェク (Józef Skrzek) – ベース、リード・ボーカル、ピアノ、キーボード、ハーモニカ、パーカッション (1971年- )
  • アポストリス・アンティモス (Apostolis Anthimos) – ギター、ブズーキ、ドラム、パーカッション、ベース、キーボード (1971年- )
  • イェジ・ピオトロフスキ (Jerzy Piotrowski) – ドラム (1971年-1994年、2014年– )
  • Sławomir Piwowar – ギター、フェンダー・ピアノ、クラヴィネット (1979年–1980年)
  • Andrzej Rusek – ベース (1993年–1994年)
  • Mirosław Muzykant – ドラム (1998年–1999年)
  • Ireneusz Głyk – ドラム (2003年-2011年)
  • ポール・ワーティコ (Paul Wertico) – ドラム (2000年–2007年)
  • ゲボール・ネメス (Gábor Németh) – ドラム (2007年-2011年)
  • Zbigniew Wiatr – サウンド、パーカッション、ポリモーグ (1972年-2004年)

タイムライン

ディスコグラフィ

アルバム

  • SBB (1974年)[2]
  • 『新地平線』 - Nowy horyzont (1975年)[3]
  • 『記憶』 - Pamięć (1976年)[4]
  • 『大切な言葉』 - Ze słowem biegnę do ciebie (1977年)[5]
  • SBB (Wołanie o brzęk szkła / Touha po zvonění střepů / Slovenian Girls) (1977年)
  • Jerzyk (1977年)
  • 『ガラスの音』 - SBB (Amiga) (1978年)
  • Follow My Dream (1978年)[6]
  • 『ウェルカム』 - Welcome (1979年)[7]
  • Memento z banalnym tryptykiem (1981年)[8]
  • Nastroje (2002年)[9]
  • New Century (2005年)[10]
  • The Rock (2007年)[11]
  • Iron Curtain (2009年)[12]
  • Blue Trance (2010年)[13]
  • SBB (2012年)[14]
  • SBB & Michał Urbaniak (2015年)[15]
  • Za linią horyzontu (2016年)[16]

脚注

外部リンク




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