ジョン・シャーリー=カーク
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/12/25 14:27 UTC 版)
ジョン・シャーリー=カーク(John Shirley-Quirk, 1931年8月28日 - 2014年4月7日)は、イギリスのバリトン歌手[1][2]。
リヴァプールの生まれ。ホルト高校の聖歌隊で声楽の経験を積んだが、当初はヴァイオリンを好み、ヴァイオリンの演奏で奨学金を獲得してリヴァプール大学に進学し、化学と物理学を専攻した。一方でオーステン・カーネギーの下で声楽の勉強を続けた。
大学卒業後はアクトン専門学校で化学の講師を務めながらロイ・ヘンダーソンの薫陶を受け、1961年グラインドボーン音楽祭に於いてハンス・ヴェルナー・ヘンツェの《若い恋人たちのエレジー》のイギリス初演でグレゴール・ミッテンホーファー役を代役として歌って声楽家デビューを飾った。
翌年にはクロード・ドビュッシーの《ペレアスとメリザンド》の医師役を歌い、さらにヨハン・ゼバスティアン・バッハのクリスマス・オラトリオを歌ってベンジャミン・ブリテンの知己を得た。
1964年にはブリテンの主宰するイギリス・オペラ・グループに参加し、《カーリュー・リヴァー》の渡し守役で評判をとった。
1973年にはコヴェントガーデン王立歌劇場でブリテンの《ヴェニスに死す》の公演に参加し、翌年にはメトロポリタン歌劇場でも《ヴェニスに死す》の公演に参加してアメリカ・デビューを飾った。1982年にはオールドバラ音楽祭の芸術副監督に就任し、
1991年からはボルティモアのピーポディ音楽院で教鞭をとった。
1975年にはCBEを受勲している。
2014年にバースにて死去。
註
「John Shirley-Quirk」の例文・使い方・用例・文例
- John AbrahamsとTina Linがアンケートデータの収集担当で、この作業は5 月5 日までに終わるでしょう。
- 今日は、皆さんをJohn Driscoll展にご案内する予定で、この展覧会は当美術館の30周年を記念して行われているものです。
- John Smith という名の英国人だ
- そんな英語を使うと Johnson が泣く
- 限定属格の例として、『John's mother(ジョンの母親)』における『John's(ジョンの)』がある
- 『John and Mary(ジョンとメアリー)』または『John walked and Mary rode(ジョンは歩き、そして、メアリーは乗り物に乗った)』における『and』、等位接続詞である;そして、『will you go or stay?(行くか、いてもらえますか?)』における『or』もそうである
- 『who visits frequently(その人はしばしば訪れる)』は、『John, who visits frequently, is ill(しばしば訪れるジョンは病気である)』の文の関係節である
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