ジョン・パクソン
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/12/07 01:54 UTC 版)
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2009年、ホワイトハウスでのパクソン
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シカゴ・ブルズ | |
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ポジション | PG |
役職 | 球団副社長 |
基本情報 | |
愛称 | Pax |
国籍 | ![]() |
生年月日 | 1960年9月29日(62歳) |
出身地 | オハイオ州デイトン |
身長(現役時) | 188cm (6 ft 2 in) |
体重(現役時) | 84kg (185 lb) |
キャリア情報 | |
出身 | ノートルダム大学 |
ドラフト | 1983年19位 |
選手経歴 | |
1983-1985 1985-1994 |
サンアントニオ・スパーズ シカゴ・ブルズ |
指導者経歴 | |
1995-1996 | シカゴ・ブルズ(AC) |
受賞歴 | |
選手時代
コーチ時代
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Stats ![]() |
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ジョン・パクソン(John MacBeth Paxson、1960年9月29日 - )は、アメリカ合衆国・オハイオ州デイトン出身の元プロバスケットボール選手で元アシスタントコーチ。引退後、NBAシカゴ・ブルズのアシスタントコーチ、球団副社長、GMを務めている。
学生時代
ノートルダム大学で選手として活躍し、1試合当たり12点の記録を残し、1983年のオールアメリカンチームに選ばれている。
NBA
大学を卒業したパクソンは、1983年のNBAドラフトで1巡目全体19位でサンアントニオ・スパーズに指名された。スパーズで2シーズン過ごした後、フリーエージェントとなりシカゴ・ブルズに移籍、9年間所属し、マイケル・ジョーダンを支える選手として最初の3連覇に貢献した
伝説の3ポイントシュート
パクソンの最も有名なプレイは、マイケル・ジョーダン率いるシカゴ・ブルズとチャールズ・バークレー率いるフェニックス・サンズが対峙した1993年のNBAファイナルの6戦目であった。ブルズの一員として活躍を続け3勝2敗で王手をかけたが、フェニックスのアメリカ・ウェスト・アリーナ (現:トーキング・スティック・リゾート・アリーナ) で行われたこの試合は、第4クォーター残り時間わずかで96対98の2点差でブルズはリードを許しており、このままでは第7戦にもつれ込むことは確実であった。タイムアウト後、ジョーダンが敵陣にドリブルで入り、スコッティ・ピッペンにパス。ピッペンからのボールを受けたホーレス・グラントがゴール下でディフェンスをひきつけた後にパクソンにパスを送り、ノーマークで3ポイントシュートを放った。この3ポイントシュートが決まり、残り時間3秒で試合を99対98とひっくり返した。その後サンズはタイムアウト後、ケビン・ジョンソンが逆転のレイアップシュートを狙うものの、グラントが後ろからブロックショットを決め試合終了。試合後ピッペンは、「タイムアウトの指示通りにプレーすることができた。パックス (パクソンの愛称) にボールが渡った瞬間、"よし!これは決まった!"と確信したよ」と振り返った。この伏兵の1投で、ブルズは最初の3連覇を決めたのだった。
引退後
1994年に引退した後、95-96年シーズンにフィル・ジャクソンに請われてブルズのアシスタントコーチに就任している。その年ブルズはマイケル・ジョーダンの復帰後最初の優勝を果たす。パクソンはその後家族を優先したいという理由で、アシスタントコーチを辞任、ジョーダンがワシントン・ウィザーズのフロントに加入したときも、ジョーダンからヘッドコーチ就任を依頼されたが同様の理由で断っている。
その後、ブルズ専属のアナウンサーになった。
2003年4月にブルズの副社長になり、アナウンサーの地位を退く。同年の夏にジェリー・クラウスの退任に伴い、ブルズのゼネラルマネージャーに就任した。現在はゼネラルマネージャーを退き、球団社長を務めている。
脚注
外部リンク
- 選手の通算成績と情報 NBA、Basketball-Reference、Eurobasket、RealGM
「John Paxson」の例文・使い方・用例・文例
- John AbrahamsとTina Linがアンケートデータの収集担当で、この作業は5 月5 日までに終わるでしょう。
- 今日は、皆さんをJohn Driscoll展にご案内する予定で、この展覧会は当美術館の30周年を記念して行われているものです。
- John Smith という名の英国人だ
- そんな英語を使うと Johnson が泣く
- 限定属格の例として、『John's mother(ジョンの母親)』における『John's(ジョンの)』がある
- 『John and Mary(ジョンとメアリー)』または『John walked and Mary rode(ジョンは歩き、そして、メアリーは乗り物に乗った)』における『and』、等位接続詞である;そして、『will you go or stay?(行くか、いてもらえますか?)』における『or』もそうである
- 『who visits frequently(その人はしばしば訪れる)』は、『John, who visits frequently, is ill(しばしば訪れるジョンは病気である)』の文の関係節である
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