高山市立第三中学校とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 高山市立第三中学校の意味・解説 

高山市立第三中学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/11 10:00 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動
高山市立第三中学校
国公私立 公立学校
設置者 高山市
設立年月日 1947年
閉校年月日 1961年
共学・別学 男女共学
所在地 506-0053
岐阜県高山市昭和町2丁目45[注釈 1]
プロジェクト:学校/中学校テンプレート
テンプレートを表示

高山市立第三中学校(たかやまりつりつ だいさんちゅうがっこう)は、岐阜県高山市に存在した公立中学校

概要

  • 校区は現在の西小学校及び北小学校の校区に該当する。
  • 校地及び校舎は旧・高山工業学校の校舎を転用していた。この校地と校舎(1929年建築)は、元々は大名田第二尋常小学校(1944年、高山工業高校の前身の岐阜県立高山航空工業学校の設置のため、校地校舎を移管(譲渡)し廃校。)のものである。
  • 跡地は高山市の総合福祉センターとなっている。

沿革

  • 1947年(昭和22年)4月 - 高山市立第三中学校として開校。本校は西小学校の校舎の一部を使用。分校を高山工業学校校舎、及び北小学校に併設。
  • 1948年(昭和23年)4月 - 旧・高山工業学校校舎に本校を移転[注釈 2]。北小学校の分校を廃止。
  • 1960年(昭和35年)1月 - 第四中学校との統合問題が起きる。その後、1961年に統合が決定する。
  • 1961年(昭和36年)4月 - 統合され、中山中学校の新設により廃校。中山中学校の統合校舎が無かったため、旧・第三中学校の校舎は中山中学校高山分校となる。
  • 1964年(昭和39年)3月 - 中山中学校の校舎が完成し、中山中学校高山分校を廃止。

参考文献

  • 高山市史 下巻  (高山市 1953年) P.119 - 120
  • 高山市史 第一巻 (高山市 1981年) [注釈 3]
  • 高山市史 第二巻 (高山市 1982年) [注釈 4]
  • 高山市史 近・現代編 下 (高山市教育委員会 2019年) P.523 528-530

脚注

注釈

  1. ^ 現在の住所表記。
  2. ^ 1947年8月18日に高山工業高等学校は斐太高等学校に統合され廃校。
  3. ^ 高山市史第一巻は、1936年から1958年までを年度毎に記載する形がとられている。
  4. ^ 高山市史第二巻は、1959年から1976年までを年度毎に記載する形がとられている。

関連項目





英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「高山市立第三中学校」の関連用語

高山市立第三中学校のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



高山市立第三中学校のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの高山市立第三中学校 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS