隋の扶風郡
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/24 08:08 UTC 版)
487年(太和11年)に北魏によって立てられた岐州を前身とする。 607年(隋の大業3年)、隋によって州が廃止されて郡が置かれると、岐州は扶風郡と改称された。扶風郡は雍・岐山・陳倉・虢・郿・普潤・汧源・汧陽・南由の9県を管轄した。 618年(武徳元年)、唐により扶風郡は岐州と改められた。742年(天宝元年)、岐州は扶風郡と改称された。757年(至徳2載)、扶風郡は鳳翔府と改称され、扶風郡の呼称は姿を消した。
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