金地僧録
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/01/23 09:57 UTC 版)
元和元年(1615年)、江戸幕府によって寺院諸法度が制定されると、僧録司・蔭涼職は一旦廃止された。 1619年、以心崇伝が僧録に任命され以後南禅寺金地院の住持が僧録を兼務するようになり、金地僧録(こんちそうろく)と呼ばれるようになった。 また、曹洞宗の関三刹のように、臨済宗以外にも僧録が置かれた宗派が存在する。
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