郁久閭社崙とは?

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郁久閭社崙

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/09/03 17:05 UTC 版)

郁久閭 社崙漢音:いくきゅうりょ しゃろん、拼音:Yùjiŭlǘ Shèlún、? - 410年)は、柔然の初代可汗縕紇提の子。可汗号は丘豆伐可汗[1](きゅうとうはつかがん)といい、“駕馭開張(馬を自由に使いこなし、土地を大きく開け広げる)可汗”という意味である(『北史』では豆伐可汗と表記)。


  1. ^ 白鳥庫吉は『東胡民族考第十』において、丘豆を蒙古語のkütel(指揮する、処理する)、伐をbadara(開張する、拡大する)の音訳であるとし、藤田豊八は『蠕蠕の国号及び可汗号につきて』において、丘豆伐をkütelburi(手綱、統制)に比定した。


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