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遠藤永次郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/11/14 13:45 UTC 版)

遠藤 永次郎(えんどう えいじろう、1895年8月8日 - 没年不詳)は、日本の陸軍軍人陸軍技術少将工学博士。専門は燃料学、造兵学。

経歴

福岡県出身[1]。1915年福岡県立中学修猷館[2]、1918年7月第五高等学校工科[3]を経て、1921年3月九州帝国大学工学部応用化学科を卒業[4]

1921年6月、陸軍工兵中尉任官。1935年1月、論文「発動機燃料ノ「ノツキング」性及防止ニ関スル研究」により工学博士の学位を得る[5]。1939年8月陸軍航空兵大佐に累進。1940年12月陸軍航技大佐に転科し、1941年7月陸軍燃料廠廠員となる。1944年3月陸軍航技少将に累進し、同月、陸軍燃料廠が改組された陸軍燃料本部の陸軍燃料技術研究所所長に就任。同年8月陸軍技術少将に階級呼称が変更となる[1]

1948年(昭和23年)1月31日、公職追放仮指定を受けた[6]

脚注

  1. ^ a b 外山操『陸海軍将官人事総覧 陸軍編』 555頁、芙蓉書房、1981年
  2. ^ 『修猷館同窓会名簿 修猷館235年記念』(修猷館同窓会、2020年)同窓会員11頁
  3. ^ 『第五高等学校一覧(自昭和11年至昭和12年)』(第五高等学校、1936年)278頁
  4. ^ 『九州帝国大学一覧(昭和14年)』(九州帝国大学、1939年)432頁
  5. ^ 植村正治「近代日本における工学博士の経歴の統計観察(3)」流通科学大学論集 経済・経営情報編第16巻第1号 34頁、流通科学大学学術研究会、2007年
  6. ^ 総理庁官房監査課編『公職追放に関する覚書該当者名簿』日比谷政経会、1949年、「昭和二十三年一月三十一日 仮指定者」211頁。

参考文献

  • 石井正紀『陸軍燃料廠―太平洋戦争を支えた石油技術者たちの戦い』光人社、2003年



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