越後上杉家
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/17 23:17 UTC 版)
応永24年(1417年) 上杉禅秀の乱による犬懸上杉家滅亡11年後【正長元年(1428年)】の越後上杉家史料に千坂信高の書状が出てくる。 この書状の者が犬懸上杉家が滅亡した11年前まで犬懸上杉家に仕えていた千坂信高と同一人物か、越後上杉家に仕えた経緯が分かる史料が不詳なため同一人物との確証はないが、それまで越後上杉家に千坂信高の書状がないうえ、上杉禅秀の乱後、間もないので、この書状は越後上杉家に仕えていた同姓同名の別人物のものと見るより、犬懸上杉家に仕えていた千坂信高が越後上杉家に移った裏付けと見た方が自然。 いずれにしろ、犬懸上杉家被官の動向を探るうえで一つの材料になる。
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