貞松院_(諏訪市)とは? わかりやすく解説

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貞松院 (諏訪市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/07 03:06 UTC 版)

貞松院
所在地 長野県諏訪市諏訪2-16-21
位置 北緯36度02分29.1秒 東経138度07分21.7秒 / 北緯36.041417度 東経138.122694度 / 36.041417; 138.122694座標: 北緯36度02分29.1秒 東経138度07分21.7秒 / 北緯36.041417度 東経138.122694度 / 36.041417; 138.122694
山号 冬迎山
院号 貞松院
宗派 浄土宗
本尊 阿弥陀如来
創建年 文禄2年(1593年
開山 天蓮社隆国無哲上人
公式サイト 貞松院
法人番号 9100005007955
貞松院
貞松院 (長野県)
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貞松院(ていしょういん)は長野県諏訪市に存在する浄土宗寺院山号は冬迎山。寺号は月仙寺。

概要

寺伝によれば、天台宗慈雲院として草創され、文禄2年(1593年)に増上寺10世感誉存貞上人の高弟である天蓮社隆国無哲上人によって浄土宗寺院として開山した。2代諏訪藩諏訪忠恒正保2年(1645年)に逝去した生母貞松院の回向のため、寺領40石と広大な山林を寄進した。

諏訪藩に預けられ、配流された松平忠輝は生前、当院の演誉上人と懇意で、遺志により当院に葬られ、「寂林院殿心誉輝窓月仙大居士」の法号を贈られた。5代将軍徳川綱吉は回向料として伊那郡三日町村(現箕輪町)の30石を寄進し、幕末まで当地の浄土宗の触頭としての寺格を保った。忠輝の墓地は諏訪市の史跡に指定されている。

寺宝に忠輝が寄進した生母茶阿局の形見の絹本著色の阿弥陀三尊來迎図があり、延宝2年(1674年)の銘を持つ寄進状とともに長野県指定文化財に指定されている。

江戸時代に度々火災に遭ったが、現存する庫裡は嘉永元年(1848年)に再建、本堂は昭和10年(1935年)に再建された。本尊は阿弥陀如来坐像、脇侍として観音・勢至両菩薩である。開山当初の脇侍は木造不動明王坐像と木造毘沙門天像でともに諏訪市の指定文化財となっている。

交通アクセス

参考文献

関連項目

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