訓公とは? わかりやすく解説

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訓公

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/14 03:58 UTC 版)

訓公(くんこう、生年不詳 - 永正17年(1520年8月15日)は、室町時代後期から戦国時代にかけての浄土宗の僧侶。釈蓮社肇誉(しゃくれんしゃ ちょうよ)とも称される[1]

人物・経歴

修行時代

下総国飯沼弘経寺了暁に師事し[1]、共に三河国に渡り、松平氏の庇護を受けるようになる[1]

三河での活動

1477年文明9年)、浄願寺を創建(異説あり)[2]1490年延徳2年)、了暁の後継者として大恩寺2世となり、松平親忠の支援で寺院を御津山に移転した[3]。のちに存冏の後任として信光明寺2世となり、松平親忠松平長親父子の帰依を受けた[4]

知恩院住職時代

1511年(永正8年)、同門の愚底の後任として知恩院第24世に就任[1]。在任中に3度の火災に見舞われ、阿弥陀堂鐘楼の再建にあたった[1]1520年(永正17年)に遺言で弟子の存牛松平親忠の子)を後任に指名した[5]

事績

寺院整備

人材育成

文化財

脚注

  1. ^ a b c d e 訓公”. 新纂浄土宗大辞典. 浄土宗. 2024年7月12日閲覧。
  2. ^ 浄願寺”. 御津町商工会. 2024年7月12日閲覧。
  3. ^ a b 大恩寺”. 御津町商工会. 2024年7月12日閲覧。
  4. ^ a b 絹本著色超誉上人像”. 岡崎市. 2024年7月12日閲覧。
  5. ^ a b c 紙本墨書後柏原天皇綸旨”. 岡崎市. 2024年7月12日閲覧。

関連項目




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