西郷村 (鳥取県東伯郡)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/23 01:29 UTC 版)
さいごうそん 西郷村 |
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廃止日 | 1953年10月1日 |
廃止理由 | 新設合併 倉吉町、西郷村、上井町、上小鴨村、社村、上北条村、北谷村、高城村、灘手村(一部)→ 倉吉市 |
現在の自治体 | 倉吉市 |
廃止時点のデータ | |
国 | ![]() |
地方 | 中国地方(山陰地方) |
都道府県 | 鳥取県 |
郡 | 東伯郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
総人口 | 2,301人 (国勢調査、1950年) |
隣接自治体 | 上井町、東郷町、三朝村、倉吉町 |
西郷村役場 | |
所在地 | 鳥取県東伯郡西郷村大字八屋 |
ウィキプロジェクト |
西郷村(さいごうそん[1])は、鳥取県東伯郡にあった村。現在の倉吉市の一部にあたる。
地理
歴史
- 1889年(明治22年)10月1日、町村制の施行により、河村郡大原村、栗尾村、下余戸村、上余戸村、八屋村、伊木村、山根村が合併して村制施行し、西郷村が発足[1][2]。旧村名を継承した大原、栗尾、下余戸、上余戸、八屋、伊木、山根の7大字を編成[2]。
- 1896年(明治29年)4月1日、郡の統合により東伯郡に所属[2]。
- 1953年(昭和28年)10月1日、東伯郡上井町、倉吉町、上小鴨村、社村、上北条村、北谷村、高城村、灘手村(一部)と合併し、市制施行して倉吉市を新設して廃止された[1][2]。合併後、倉吉市大字大原・栗尾・下余戸・上余戸・八屋・伊木・山根となる[2]。
地名の由来
日下荘の別称西郷のうち上西郷に由来[2]。
産業
- 農業[7]
教育
- 1873年(明治6年)八屋小学校開校[2]。1887年(明治20年)大原村簡易小学校開校[2]。1891年(明治24年)八屋尋常小学校、大原村簡易小学校を統合し西郷尋常小学校に改称し、校地を大字下余戸に移転[2][8]。1922年(大正11年)高等科を設置[2]。1941年(昭和16年)西郷国民学校に改称[2]。1947年(昭和22年)西郷小学校に改称[2]。
脚注
参考文献
- 角川日本地名大辞典 31 鳥取県
- 『市町村名変遷辞典』東京堂出版、1990年。
関連項目
- 西郷村_(鳥取県東伯郡)のページへのリンク