西大田村とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 西大田村の意味・解説 

西大田村

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/03 13:39 UTC 版)

にしおおたむら
西大田村
廃止日 1955年1月10日
廃止理由 新設合併
大見村西大田村東大田村世羅町
現在の自治体 世羅町
廃止時点のデータ
日本
地方 中国地方山陽地方
都道府県 広島県
世羅郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
総人口 4,578
国勢調査、1950年)
隣接自治体 神田村津久志村、大見村、東大田村、御調郡久井町
西大田村役場
所在地 広島県世羅郡西大田村大字賀茂
座標 北緯34度34分37秒 東経132度59分28秒 / 北緯34.57686度 東経132.99122度 / 34.57686; 132.99122座標: 北緯34度34分37秒 東経132度59分28秒 / 北緯34.57686度 東経132.99122度 / 34.57686; 132.99122
ウィキプロジェクト
テンプレートを表示

西大田村(にしおおたむら[1][2])は、広島県世羅郡にかつてあった村。現在の世羅郡世羅町の一部にあたる。

地理

歴史

  • 1889年(明治22年)4月1日、町村制の施行により、世羅郡賀茂村、青水村、重永村、田打村、中原村、京丸村、堀越村が合併して村制施行し、西大田村が発足[1][2]
  • 1909年(明治42年)西大田村中部産業組合設立[2]
  • 1910年(明治43年)西大田村西部産業組合設立[2]
  • 1921年(大正10年)西大田村東部産業組合設立[2]
  • 1928年(昭和3年)西大田郵便局開設[2]
  • 1955年(昭和30年)1月10日、世羅郡大見村、東大田村と合併し、町制施行し世羅町を新設して廃止された[1][2]

地名の由来

中世大田荘の西方に位置することから[2]

産業

  • 農業、養蚕[2]

教育

  • 1902年(明治35年)西大田東尋常小学校、新築開校[2]。1904年(明治37年)西大田尋常高等小学校開校[2]。1922年(大正11年)西大田村実業補習学校を併置し、1924年(大正13年)女子部を併置[2]

脚注

  1. ^ a b c 『市町村名変遷辞典』587頁。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n 『角川日本地名大辞典 34 広島県』606-607頁。

参考文献

関連項目




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  西大田村のページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「西大田村」の関連用語

西大田村のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



西大田村のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの西大田村 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS