無文道璨
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/23 16:00 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動無文道璨 | |
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生年不詳 - 至元8年 (生年不詳 - 1271年) | |
生地 | 吉州太和県 |
宗派 | 臨済宗大慧派 |
師 | 笑翁妙堪 |
弟子 | 支提澄鑑、定山 一、王崖 振 |
著作 | 無文印 |
無文道璨(むもん どうさん、生年不詳 - 至元8年(1271年))は、南宋から元代に活動した禅僧である。大慧下4世。
宝祐2年(1254年)6月、饒州薦福寺の住持となった後、南康軍廬山の開先華蔵禅寺の席を薫するが、再び薦福寺へ戻った。
至元8年(1271年)示寂。法嗣は支提澄鑑ら三名を数える。詩文集として無文印があるほか、語録として無文和尚語録が編まれている。
参考文献
- 禅学大辞典編纂所 編 『新版 禅学大辞典』p.923 1985年
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