清水家相続
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/09 17:59 UTC 版)
従五位下、侍従兼民部大輔に叙任。第14代将軍・徳川家茂の死去に伴い、諱を昭武と改める。慶応2年(1867年)、それまで20年にわたり当主不在であった清水徳川家を相続・再興する。同時にパリ万国博覧会に将軍慶喜の名代としてヨーロッパ派遣を命じられる。
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