松平宣助とは? わかりやすく解説

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松平宣助

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/12/25 04:06 UTC 版)

松平 宣助(まつだいら のぶすけ、? - 1655年8月4日明暦元年7月3日)は、江戸時代前期の紀州藩士。通称は内蔵允。

松平康元徳川家康の異父弟)の四男。兄に大垣藩主の忠良天正10年(1582年)生まれ)、徳川忠長家臣の政良、徳川義直家臣の康久がいる。

娘の七は徳島藩一門・蜂須賀隆矩に嫁ぎ、第5代藩主・綱矩を生んだ。

従兄弟の紀州藩徳川頼宣に仕えた。

寛永18年(1641年)切米200石。正保3年(1646年)地方知行500石。慶安元年(1648年)800石加増。城代を務めた。

明暦元年(1655年)7月3日死去。家督は嫡子九郎左衛門元暉が相続して大番頭を務めた。孫の三代図書元明以降、家の由緒により藩の高家に列した。

参考文献




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