松吟寺 (常陸大宮市)
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松吟寺 | |
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所在地 | 茨城県常陸大宮市下町207 |
位置 | 北緯36度33分06.8秒 東経140度25分01.4秒 / 北緯36.551889度 東経140.417056度座標: 北緯36度33分06.8秒 東経140度25分01.4秒 / 北緯36.551889度 東経140.417056度 |
山号 | 稲荷山 |
宗旨 | 禅宗(臨済宗) |
宗派 | 臨済宗東福寺派 |
寺格 | 大本山東福寺直末 |
本尊 | 十一面観世音菩薩 |
創建年 | 1276年 |
開山 | 円爾 |
開基 | 佐竹義胤 |
中興年 | 1952年 |
中興 | 晦宗 |
正式名 | 稻荷山松吟禪寺 |
文化財 | 稲荷山松吟寺山門(常陸大宮市指定有形文化財[1]) |
公式サイト | 稲荷山松吟寺 |
法人番号 | 2050005008494 |
松吟寺(しょうぎんじ)は、茨城県常陸大宮市下町にある臨済宗東福寺派の寺院である。山号は稲荷山。
概要
臨済宗東福寺派大本山東福寺の直末(総本山直属の末寺)として、建治2年(1276年)に常陸国守護の佐竹義胤を開基、聖一国師こと円爾を開山として開創された古刹である。山門は、元禄5年(1692年)に建てられた「木端葺唐風屋根四足門」で、常陸大宮市指定有形文化財に指定されており[1]、天保6年(1835年)の火災でも焼失を免れた。
交通
文化財
天保の火災
天保6年(1835年10月26日)の火災により大半を消失したが現山門、本尊、守護神体は消失を免れた。
一時は廃寺に
天保の火災から8年後の天保14年(1843年)には、水戸藩の廃仏毀釈の措置により廃寺・無住となる。その間、水戸藩主の徳川頼房が参拝し、鐘楼を寄進している。しかし、その鐘楼も戦時中の「金属供出」により失われた。
廃寺からの復興
大本山・東福寺派第299世管長の晦宗恵鏡を中興開山とし、1952年(昭和27年)に本堂を再建、本山より「別格寺」の寺班を授けられ復興を遂げた。
ギャラリー
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古墳群・稲荷堂
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客殿
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地蔵
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開山堂天井画
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永代供養納骨堂
脚注
- ^ a b c 文化スポーツ課 文化振興グループ (2017年8月31日). “常陸大宮市文化財マップ”. 常陸大宮市. 2025年8月23日閲覧。
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