星川麻呂とは? わかりやすく解説

星川麻呂

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/09/29 10:48 UTC 版)

 
星川麻呂
時代 飛鳥時代
生誕 不明
死没 天武天皇9年5月27日680年6月29日
官位 小錦中大紫
主君 天武天皇
氏族 星川
黒麻呂
テンプレートを表示

星川 麻呂(ほしかわ の まろ[1])は、飛鳥時代の人物。冠位小錦中大紫壬申の乱の大海人皇子(天武天皇)側功臣。

出自

星川氏(星川臣)は波多氏(波多臣)の一族で[2]大和国山辺郡星川郷を発祥とする[3]

経歴

星川麻呂については、『日本書紀』の天武天皇9年5月27日に、小錦中星川臣麻呂が死に、壬申の年の功によって大紫の位を贈られたことが見える。大紫は壬申の功臣の中でも高い位だが、書紀の壬申の乱のくだりに星川麻呂の名は見えないので、どのような活躍をしたかは不明である。

霊亀2年(716年)4月8日に、子の星川黒麻呂が父の功によって田を与えられた。天平宝字元年(757年)12月9日に、太政官は星川麻呂の功田4町の扱いを定めるために彼の功績を論じて中功とし、2世に伝えると定めた。

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ 旧仮名遣いでの読みは「ほしかはのまろ」。
  2. ^ 古事記孝元天皇
  3. ^ 太田亮『姓氏家系大辞典』角川書店、1963年(昭和39年)




固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「星川麻呂」の関連用語

星川麻呂のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



星川麻呂のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの星川麻呂 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS