当店における、ひつまぶしの起源
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/13 06:34 UTC 版)
「あつた蓬莱軒」の記事における「当店における、ひつまぶしの起源」の解説
鰻丼の出前で、空の丼を下げる帰途に割ってしまう事が頻繁にあったという。 頭を悩ました当時の店主・甚三郎(2代目)が、女中頭お梅の知恵を借りて、割れない木の器と数人分の鰻飯を入れたお櫃(ひつ)で出前するスタイルに切り替えた。ただ、御飯の上に鰻を載せていると鰻ばかり先にとって、下の御飯が残り易くなってしまった。 そのため、また店主と女中頭が工夫を凝らし、鰻を細かく刻んで、御飯と混ぜるように変えたら、好評を博した。そこで、出前だけでなく店内の会席料理としても提供し始めたのが、当店における ひつまぶしの起源である。
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