平田九州男
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/09/25 16:19 UTC 版)
平田 九州男(ひらた くすお、1909年9月7日 - 1989年10月26日)は、日本の経営者。富士写真フイルム(現在の富士フイルム)社長を務めた。
経歴
大分県中津市出身[1]。1933年に関西学院高等商学部を卒業し、1934年に富士写真フイルムに入社[1]。1954年に取締役に就任し、1964年に常務、1969年6月に専務を経て、1971年6月に社長に就任[1]。1980年5月に会長に就任[1]。
1974年4月に藍綬褒章を受章し、1979年4月に勲二等瑞宝章を受章[1]。
1989年10月26日、呼吸不全のために死去[2]。80歳没。
脚注
参考文献
- 人事興信所 編『人事興信録 第33版 下』人事興信所、1985年。
|
|
|
- 平田九州男のページへのリンク