平均保存拡散
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/10/05 10:10 UTC 版)
確率論および統計学において、平均保存拡散(Mean-preserving spread, MPS)[1]とは、ある確率分布 A から別の確率分布 B への変換のことである。ここで B は、A の確率密度関数または確率質量関数の一部を拡散させることによって形成されるが、その平均(期待値)は不変である。この概念により、平均が等しいギャンブル(確率分布)をリスクの程度に応じて確率順序づけすることが可能になる。この順序は半偏序であり、平均が等しい二つのギャンブルの間で、一方が他方の平均保存拡散であるとは限らない。もし B が A の平均保存拡散であるとき、A は B の平均保存収縮と呼ばれる。
平均保存拡散によるギャンブルの序列づけは、二次の確率優越による序列づけの特殊な場合、すなわち平均が等しい場合にあたる。もし B が A の平均保存拡散であるならば、A は B に対して二次確率優越を持つ。そしてその逆もまた、A と B の平均が等しいときには成り立つ。
もし B が A の平均保存拡散であるならば、B は A より大きな分散を持ち、A と B の期待値は等しい。しかしその逆は一般には成り立たない。なぜなら、分散による大小比較は全順序であるのに対し、平均保存拡散による順序づけは偏序にすぎないからである。
例
次の例は、平均保存拡散が必ずしも確率質量の大部分を平均から遠ざけることを必要としないことを示している。[2]
分布 A は、それぞれの結果 に対して確率 を与える。 のとき 、 のとき である。
分布 B もそれぞれの結果 に対して確率 を与える。具体的には、、 のとき 、そして である。
ここで B は、A から次の操作で構成されている。198 から確率 1% を 100 に移し、198 から確率 49% を 200 に移す。さらに、202 から確率 1% を 300 に移し、202 から確率 49% を 200 に移す。この二段階の平均保存拡散の組み合わせ自体が平均保存拡散となっており、確率質量の 98% が平均値 200 に移動したにもかかわらず成立している。
数学的定義
ギャンブル A, B に対応する確率変数を , とする。B が A の平均保存拡散であるとは、次が成り立つとき、かつそのときに限る。
ここで は確率変数であり、すべての に対して
が成り立つ。ここで は「分布が等しい」ことを意味する。
平均保存拡散は、A と B の累積分布関数 , によっても定義できる。A と B の平均が等しいとき、次が成り立つならば B は A の平均保存拡散である。
任意の実数 に対して
が成立し、ある では不等号が厳密になる。
これら二つの数学的定義は、平均が等しい場合の二次確率優越の定義と一致する。
期待効用理論との関係
もし B が A の平均保存拡散であるならば、期待効用を最大化するすべての凹型効用関数の主体は A を B よりも選好する。そして逆も成り立つ。すなわち、A と B の平均が等しく、すべての凹型効用関数の期待効用最大化者が A を選好するならば、B は A の平均保存拡散である。
関連項目
- 確率順序
- 尺度母数
脚注
- ^ Rothschild, Michael; Stiglitz, Joseph (1970). “Increasing risk I: A definition”. Journal of Economic Theory 2 (3): 225–243. doi:10.1016/0022-0531(70)90038-4.
- ^ Landsberger, M.; Meilijson, I. (1993). “Mean-preserving portfolio dominance”. Review of Economic Studies 60 (2): 479–485. doi:10.2307/2298068. JSTOR 2298068.
参考文献
- Mas-Colell, A.; Whinston, M. D.; Green, J. R. (1995). Microeconomic Theory. New York: Oxford University Press. pp. 197–199. ISBN 0-19-510268-1
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