川村晃司 (競輪選手)とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 川村晃司 (競輪選手)の意味・解説 

川村晃司 (競輪選手)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/20 16:03 UTC 版)

川村 晃司(かわむら こうじ、1976年6月17日 - )は、競輪選手日本競輪選手会京都支部所属、ホームバンクは京都向日町競輪場日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第85期生。師匠は桝井道弘(28期)、弟子は元ガールズケイリン選手の山路藍(106期)。息子は川村峻輝(日本競輪選手養成所第127回選手候補生入所試験合格[1])。

来歴

継父(養父)は俳優佐野浅夫[2]で、佐野の後妻である母と前夫との間の子。兄がいる。

東山高等学校[3]出身。

競輪学校には第85期生として入学。同期には中川誠一郎藤原憲征ら。在校競走成績は43位(20勝)。

2000年8月7日岐阜競輪場でデビューし、初勝利を挙げた。

2012年第21回寬仁親王牌・世界選手権記念トーナメント弥彦)でGI初の決勝戦に進出、9位となる。また、翌2013年第22回寬仁親王牌・世界選手権記念トーナメント(弥彦)でも決勝し進出し9位となる。同年12月に行われた、広島佐世保の両開設記念を制し、2週連続のGIII優勝を果たした。

2016年第69回日本選手権競輪名古屋)では決勝戦2位となり、初の表彰台に上る。

2023年4月29日静岡FI初日第12レース(特選)において1着となり、通算500勝を達成。S級創設(1983年4月)以降女子を含めて通算48人目の記録で、デビューから22年8か月22日(デビュー日を含まない)での達成であった[4]。ちなみに、当日は同期の中川誠一郎が先立って通算47人目の通算500勝を達成しており、同日に同期二人が揃って通算500勝を達成した[5]。その後、規程に基づき8月21日京都向日町競輪場にて表彰式が行われた[6][7]

主な記録

脚注

外部リンク





英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「川村晃司 (競輪選手)」の関連用語

川村晃司 (競輪選手)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



川村晃司 (競輪選手)のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの川村晃司 (競輪選手) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS