小松市公会堂
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/06/02 22:17 UTC 版)
小松市公会堂 |
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情報 | |
正式名称 | 小松市公会堂 |
完成 | 1959年 |
開館 | 1959年5月13日 |
閉館 | 2024年 |
客席数 | 1078席 |
用途 | 多目的ホール、会議室 |
旧用途 | 結婚式場、展望台 |
運営 | 公益財団法人小松市まちづくり市民財団 |
所在地 | 〒923-0903 石川県小松市丸の内公園町32番地 |
位置 | 北緯36度24分31.3秒 東経136度26分50.4秒 / 北緯36.408694度 東経136.447333度座標: 北緯36度24分31.3秒 東経136度26分50.4秒 / 北緯36.408694度 東経136.447333度 |
最寄駅 | 北陸新幹線・IRいしかわ鉄道線「小松駅」下車、徒歩20分 |
最寄バス停 | 北鉄バス「京町停留所」下車 日本海観光バス「絵本館前停留所」・「市役所前停留所」下車 |
最寄IC | 北陸自動車道「小松IC」下車 |
外部リンク | 公式サイト |
小松市公会堂(こまつしこうかいどう)は、石川県小松市の芦城公園にあった多目的ホール。2024年(令和6年)に使用を停止して廃止された[1]。
歴史
2007年(平成19年)より、公益財団法人小松市まちづくり市民財団(旧:財団法人小松市施設管理公社)が指定管理者となっている[2]。
2023年(令和5年)11月22日、小松市は公会堂を解体し、芦城公園内の敷地に未来型図書館を新設する方針を発表した[3]。
老朽化と耐震性がかねてから問題になっていたが、2024年(令和6年)1月1日に発生した能登半島地震で使用停止となった[1]。その後、同年の小松市議会6月定例会で「小松市公会堂条例を廃止する条例」が可決され廃止が決定した[4]。
2025年(令和7年)6月1日に公会堂裏手の市役所前広場で「ありがとう、公会堂」セレモニーが開催され、同年度中に建物は解体されることとなった[1]。
建築
建物は地下1階、地上4階の鉄骨・鉄筋コンクリート造だった[1]。設計は浦清が設立した浦建築研究所、施工は鹿島建設[5]。金沢市に拠点を置いて活躍した浦建築研究所のデビュー作である。
1階ピロティの外階段が2階の階段ホール、劇場のロビーに通じる。3階は、竣工当時は結婚式場として使われていたが、のちに会議室となった。4階は大会議室として使われていた[6]。屋上の塔屋は地上30mの展望台として開放されていた[7]。劇場の客席数は、完成当初は1300席であったが、2018年時点で1078席となっていた[8]。舞台は間口10間、奥行6間[9]。正面は全面ガラスのカーテンウォール、背後には石川県出身の洋画家宮本三郎による壁画が描かれていた[6][5]。
脚注
- ^ a b c d e “ありがとう小松公会堂 「文化の殿堂」65年 7月、解体着手”. 北國新聞. 2025年6月2日閲覧。
- ^ 概要 沿革 小松市まちづくり市民財団、2020年4月27日閲覧
- ^ “小松市公会堂、解体へ 築64年、跡地に図書館|社会|石川のニュース|北國新聞”. 北國新聞 (2023年11月23日). 2023年11月24日閲覧。
- ^ “私の街こまつ 議会だより No.214”. 小松市議会. 2025年6月2日閲覧。
- ^ a b 『ドコノモン』p121
- ^ a b 『ドコノモン』p117
- ^ 『ドコノモン』p119-120
- ^ 『ドコノモン』p118
- ^ “小松市公会堂 施設概要”. 小松市施設管理公社. 2018年1月3日閲覧。
参考文献
- 倉方俊輔『ドコノモン』日経BP、2011年12月26日、114-121頁。ISBN 978-4-8222-6064-4 。
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