安村竹松
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/03/27 09:11 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動安村 竹松(やすむら たけまつ、1873年(明治6年)10月16日[1] - 1946年(昭和21年)12月2日[2])は、日本の政治家、弁護士。
来歴・人物
1873年(明治6年)10月、和歌山県日高郡南部町(現在のみなべ町)にて出生。
1901年(明治34年)、明治法律学校卒業。第9回高等文官試験に合格し、司法省に入省。司法官試補に任ぜられる。
1903年(明治36年)、司法省を退職し、東京で弁護士を開業。大逆事件の弁護人などを務めた。
1910年(明治43年)、横浜市に移り、1912年(明治45年)5月に神奈川県郡部から第11回衆議院議員総選挙に当選。立憲政友会所属の衆議院議員として活動した。
横浜弁護士会常議員議長、同会長を歴任した[3]。
脚注
参考文献
- 『和歌山県史 人物』(和歌山県 1989)
- 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
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