大石良次とは? わかりやすく解説

大石良次

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/09 03:04 UTC 版)

大石 良次(おおいし よしつぎ、寛永5年(1628年) - 享保3年5月19日1718年6月17日))は、江戸時代前期から中期の讃岐国高松藩士。

常陸国笠間藩赤穂藩への移封前)浅野家の筆頭家老大石良勝の五男として生まれる。母は大石良定の三女。兄に大石良欽(赤穂藩筆頭家老1500石)、大石良重(赤穂藩家老450石)、奥村具知富山藩家老800石)、小山良秀(赤穂藩士300石)がいる。姉に進藤長定公家近衛家の諸大夫)の室、妹に進藤俊順(赤穂藩士。進藤俊式の父)の室がいる。庶子であるため、分家して讃岐高松藩に300石で仕えるようになった。

享保3年(1718年)に高松において死去。享年91。実相寺に葬られた。戒名は大機院白堂全桂。





固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「大石良次」の関連用語

大石良次のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



大石良次のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの大石良次 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS