夢窓疎石と瑞泉寺
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/16 09:28 UTC 版)
「瑞泉寺 (鎌倉市)」の記事における「夢窓疎石と瑞泉寺」の解説
夢窓国師が建立された寺、庵は、いずれも景勝の地が選ばれており、瑞泉寺も風光明媚な環境の中に創建されている。 夢窓国師は円覚寺開山仏光国師の孫弟子で、円覚寺、南禅寺、浄智寺など五山の住職に就いている。また、後醍醐天皇はじめ南北両朝の帝から七つもの國師の号を賜ったことから、「七朝の帝師」と称えられていた。 足利尊氏は夢窓国師を敬って「仁山」の法号を与え、弟直義も「古山」という法号を与えている。こうした縁により、後に瑞泉寺は鎌倉公方足利家の菩提所になる。 夢窓国師にはまた、すぐれた作庭家という一面も持っていた。夢窓国師の作庭した美濃の虎渓山永保寺や甲斐の恵林寺、京の天龍寺、苔寺の名で知られる西芳寺の庭園は、瑞泉寺の庭園ともども、国の特別名勝・名勝に指定されている。
※この「夢窓疎石と瑞泉寺」の解説は、「瑞泉寺 (鎌倉市)」の解説の一部です。
「夢窓疎石と瑞泉寺」を含む「瑞泉寺 (鎌倉市)」の記事については、「瑞泉寺 (鎌倉市)」の概要を参照ください。
- 夢窓疎石と瑞泉寺のページへのリンク