二階堂頼綱とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 二階堂頼綱の意味・解説 

二階堂頼綱

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/08/18 13:55 UTC 版)

 
二階堂頼綱
時代 鎌倉時代中期
生誕 延応元年(1239年
死没 弘安6年10月24日1283年11月14日
官位 従五位下、左衛門尉下総守
幕府 鎌倉幕府 引付衆 評定衆 政所執事
氏族 藤原南家乙麻呂二階堂氏
父母 父:二階堂行綱
兄弟 行経、頼綱、盛綱、行景、行貞、政雄、宗綱、光綱、女(佐竹行義室)
貞綱、景綱
テンプレートを表示

二階堂 頼綱(にかいどう よりつな)は、鎌倉時代中期の御家人鎌倉幕府政所執事

生涯

延応元年(1239年)政所執事二階堂行綱の次男として生まれる。長子が夭折したため嫡男として育った。文永6年(1269年)検非違使の任と左衛門尉に叙される。文永11年(1274年)下総守となり建治元年(1275年)引付衆に加わる。建治3年(1278年)伊豆で伊豆権現の宗徒が争乱を起こすと、評定衆三善倫経とともに伊豆に赴き鎮撫に当たった[1]。その後弘安4年(1281年)父行綱の死去に伴って政所執事となり、翌年には評定衆となった。

弘安6年(1283年)10月24日死去。享年45。政所執事は叔父の二階堂行忠が後継した[2]

経歴

脚注

  1. ^ 「建治三年記」、『史料総覧』5編905冊222頁
  2. ^ 「関東評定伝」、『史料総覧』5編905冊285頁
  3. ^ 「系図纂要」、『史料総覧』5編905冊264頁
  4. ^ a b c d 「関東評定伝」、『史料総覧』5編905冊259頁
  5. ^ 『日本人名大辞典』
  6. ^ 「関東評定伝」、『史料総覧』5編905冊264頁

関連資料

  • 東京大学史料編纂所 大日本史料総合データベース『史料総覧』



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「二階堂頼綱」の関連用語

二階堂頼綱のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



二階堂頼綱のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの二階堂頼綱 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS