久富達夫とは? わかりやすく解説

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久富達夫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/10/20 09:40 UTC 版)

久富 達夫(ひさとみ たつお、1898年10月2日 - 1968年12月27日)は、日本のジャーナリスト政治家、スポーツ功労者。 毎日新聞政治部長、内閣情報局次長、国立競技場会長を歴任。

生涯

東京市深川区出身。 東京帝大工学部〔1922年〕卒、 東京帝大法学部〔1924年〕卒。 1924年大阪毎日新聞社に入り、アフリカに特派。1929年東京日日新聞(のちの毎日新聞)政治部に転勤、1934〜1938年政治部長、編集総務。

1940年近衛文麿首相に望まれて内閣情報局次長。日本出版会会長、NHK専務理事を経て、再び情報局次長となり、終戦の玉音放送を進言。1946年公職追放、1951年解除後日本航空協会副会長、1952年日本教科図書販売社長、1958年国立競技場会長、オリンピック東京大会組織委員など歴任。アマのスポーツ界の指導者で、自らも柔道、水泳、ラグビー、陸上競技をした。

受賞

  • 交通文化賞〔昭和38年〕
  • 藍綬褒章〔昭和39年〕
  • ポール・ティサンディエ褒章(国際航空協会)〔昭和43年〕
  • 勲二等旭日重光章〔昭和43年〕

家族

参考文献

  • 「CD現代日本人名録 物故者編1901-2000」



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