下僕として秦に
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/20 09:40 UTC 版)
しばらくして、献公の娘の穆姫が秦の穆公に嫁ぐことになり、百里奚はその召使いとして秦に入国した。ある日のこと、穆公の家臣の一人が百里奚と政治について語り合い、その賢哲を知って「百里奚を宰相に据えれば秦は千里を拓くでしょう」と言って穆公に推挙した。百里奚はこれを嫌って国外へと逃亡し、楚に流れて奴隷とされたが穆公の家臣に見つけ出され、羊の皮5枚(五羖)で買い戻され、秦に連れ戻された。これに由来して百里奚は五羖大夫と号するようになった。
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