七福神
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/24 23:53 UTC 版)
七福神(しちふくじん)とは、インド伝来の仁王経の中にある「七難即滅 七福即生」という仏教語に由来する[1]、福徳の神として日本で信仰される七柱の神である。
注釈
- ^ 『日本大百科全書』「七福神」の頁では、室町初期には7柱として祀られていたとし、応永27年(1420年)には七福神の仮装行列が京都で行われた他、文明年間(15世紀末)には七福神を装った盗賊が出没するも、福の神の来訪として歓迎された。
- ^ ただ、その場合でも名称を「八福神」としているものと名称だけは「七福神」のままのものとがある。下記の諸例のうち、八王子七福神・吉田七福神・小石川七福神の3例は、内容は八福神であるがなぜか呼称は七福神のままで「八福神」とはいわない。
- ^ 『日本大百科全書』「宝船」の頁では、室町時代以降の書物に記録されるようになったとある。
- ^ 鶴見七福神と鶴見八福神は混同しやすいが別のものである。鶴見七福神は5寺2社をめぐる通常の七福神めぐりのコースであるが、鶴見八福神とはこのうち福禄寿を担当している横浜熊野神社に奉安されている8神のことである。
- ^ 紛らわしいが「なごや七福神」と「名古屋七福神」は別のものである。
- ^ 東京都品川区の「東海七福神」(上述)とは別。
出典
- ^ 川口謙二『宿なし百神 東京美術選書12』東京美術、1975年。130頁。
- ^ 全国歴史教育研究協議会編『日本史Ⓑ用語集』山川出版社、1995年。96頁。
- ^ 上田正昭 『古代からの視点』PHP、1978年。42 - 43頁、11行 - 15行。吉祥天やサルタヒコを入れる場合もあったが、定着しなかった。前同43頁。
- ^ 『日本史Ⓑ用語集』96頁、室町期に商人の講などに発展した。
- ^ 錦織亮介『天部の仏像事典』東京美術〈東京美術選書 35〉、1983年11月。ISBN 4-8087-0142-1。
- ^ 鶯躍軒『吉原七福神』、1713年。
- ^ a b “"星に願いを" ~カノープスを見よう~ | お知らせ”. 福岡市科学館. 2022年4月6日閲覧。
- ^ a b c d e f g 戎光祥出版編集部 編 編『図説 七福神 福をさずける神々の物語』戎光祥出版〈シリーズ日本の信仰〉、2002年11月。ISBN 4-900901-25-3。
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