リュディア・メディア戦争の原因
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/15 20:38 UTC 版)
「スキタイ」の記事における「リュディア・メディア戦争の原因」の解説
スキタイの一隊が本国で謀反を起こしてメディア領内に逃れてきた。当時、メディアの王であったのはキュアクサレス2世(在位:前625年 - 前585年)であったが、彼はこれらのスキタイを保護歎願者(ヒケテス)とみなし、親切に面倒を見てやった。キュアクサレスは彼らを高く評価していたので、自分の子供たちを彼らに預け、スキタイ語や弓術を学ばせたりした。スキタイたちは毎日のように狩猟に出かけ、獲って来た獲物をキュアクサレスに献上していたが、あるとき獲物が一匹も獲れず、手ぶらで帰って来たことがあり、キュアクサレスの怒りを買って手ひどい目に遭った。このためスキタイたちは獲物の代わりにキュアクサレスの子供を調理してキュアクサレスに食べさせ、その間にリュディア王アリュアッテス(在位:前605年 - 前561年)のもとへ亡命した。事に気づいたキュアクサレスは直ちにスキタイたちの引き渡しを要求したが、アリュアッテスが応じなかったため、5年に及ぶリュディア・メディア間の戦争が引き起こされた。
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