プブリウス・コルネリウス・アルウィナとは? わかりやすく解説

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プブリウス・コルネリウス・アルウィナ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/03/16 14:42 UTC 版)

プブリウス・コルネリウス・アルウィナ
Publius Cornelius Arvina
(P. Cornelius A .f. P. n. Arvina)
出生 不明
死没 不明
出身階級 パトリキ
氏族 コルネリウス氏族
官職 執政官(紀元前306年、288年])
ケンソル(紀元前294年)
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プブリウス・コルネリウス・アルウィナラテン語: Publius Cornelius Arvina, 生没年不詳)は共和政ローマパトリキ出身の政治家・軍人。生涯に2度執政官(コンスル)を務めた。

経歴

紀元前306年、執政官に選出されると、サムニウム人と戦いカラティア英語版ソーラを陥落させた[1]

紀元前294年紀元前310年の執政官ガイウス・マルキウス・ルティルス・ケンソリヌスと共にケンソルに就任し[2]、戸口調査を行った。ローマの人口は262,321人であった。リウィウスによると、彼らは26組目のケンソルであるという[3]

紀元前288年には二度目のコンスルを前回と同じクィントゥス・マルキウス・トレムルスとのコンビで務めている[4]

脚注

  1. ^ Broughton, p.165.
  2. ^ Broughton, p.179.
  3. ^ リウィウス, 10.47.
  4. ^ Broughton, p.185.

参考文献

関連項目


公職
先代:
アッピウス・クラウディウス・カエクス
ルキウス・ウォルムニウス・フランマ・ウィオレンス
ローマ執政官(コンスル)
紀元前306年
同僚
クィントゥス・マルキウス・トレムルス
次代:
ルキウス・ポストゥミウス・メゲッルス
ティベリウス・ミヌキウス・アウグリヌス
先代:
マルクス・ウァレリウス・マクシムス・コッリヌス
クィントゥス・カエディキウス・ノクトゥア
ローマ執政官(コンスル)
紀元前288年
同僚
クィントゥス・マルキウス・トレムルス
次代:
マルクス・クラウディウス・マルケッルス
ガイウス・ナウティウス・ルティルス



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