フアン・イグナシオ・チェラ(Juan Ignacio Chela, 1979年8月30日 - )は、アルゼンチン・ブエノスアイレス出身の男子プロテニス選手。自己最高位はシングルス15位、ダブルス32位。ATPツアーでシングルス6勝、ダブルス3勝を挙げた。身長190cm、体重75kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。
来歴
6歳からテニスを始めたチェラは1998年にプロ入り。転向後は順調にランクを上げていき、2000年メキシコ・オープンでツアー初優勝を挙げる。ところが同年、全米オープンの前哨戦のシンシナティ・マスターズ出場時に受けた検査により翌2001年にドーピング違反が発覚。ATPにより8000ドルの罰金とシンシナティ以降3か月分のポイント全てを剥奪され、(獲得賞金は没収されなかった)当時48位まで登りつめたランクが一気に826位まで下がってしまう。この為一時はツアー下部のチャレンジャー大会への転戦を余儀なくされるものの、この年に出場した12のチャレンジャー大会の内、半数の6大会で優勝を遂げ、半年でランキングをトップ100へ戻すことに成功する。2002年以降はトップ50に定着し、2004年全仏オープン、2007年全米オープン、2011年全仏オープンでキャリア最高のシングルスベスト8に進出するなど、アルゼンチンテニス界のベテランとして安定した成績を残した。
ダブルスでは2010年ウィンブルドン選手権でエドゥアルド・シュワンクと組みベスト4に進出している。
チェラは2012年ウィンブルドン選手権が最後の大会出場になり、2012年12月に現役引退を発表した[1]。
ATPツアー決勝進出結果
シングルス: 12回 (6勝6敗)
|
サーフェス別タイトル |
ハード (0–2) |
クレー (6-4) |
芝 (0-0) |
カーペット (0-0) |
|
結果 |
No. |
決勝日 |
大会 |
サーフェス |
対戦相手 |
スコア |
優勝 |
1. |
2000年2月21日 |
メキシコシティ |
クレー |
マリアノ・プエルタ |
6–4, 7–6(4) |
準優勝 |
1. |
2001年1月28日 |
ボゴタ |
クレー |
フェルナンド・ビセンテ |
4–6, 6–7(6) |
準優勝 |
2. |
2002年1月13日 |
シドニー |
ハード |
ロジャー・フェデラー |
3–6, 3–6 |
優勝 |
2. |
2002年7月15日 |
アメルスフォールト |
クレー |
アルベルト・コスタ |
6–1, 7–6(4) |
準優勝 |
3. |
2002年8月25日 |
ロングアイランド |
ハード |
パラドーン・スリチャパン |
7–5, 2–6, 2–6 |
優勝 |
3. |
2004年4月12日 |
エストリル |
クレー |
マラト・サフィン |
6–7(2), 6–3, 6–3 |
準優勝 |
4. |
2006年3月5日 |
アカプルコ |
クレー |
ルイス・オルナ |
6–7, 4–6 |
準優勝 |
5. |
2006年7月24日 |
キッツビュール |
クレー |
アグスティン・カレリ |
6–7(9), 2–6, 3–6 |
優勝 |
4. |
2007年2月26日 |
アカプルコ |
クレー |
カルロス・モヤ |
6–3, 7–6(2) |
優勝 |
5. |
2010年4月11日 |
ヒューストン |
クレー |
サム・クエリー |
5–7, 6–4, 6–3 |
優勝 |
6. |
2010年9月26日 |
ブカレスト |
クレー |
パブロ・アンドゥハル |
7–5, 6–1 |
準優勝 |
6. |
2011年2月20日 |
ブエノスアイレス |
クレー |
ニコラス・アルマグロ |
3–6, 6–3, 4–6 |
ダブルス: 6回 (3勝3敗)
4大大会シングルス成績
-
略語の説明
W |
F |
SF |
QF |
#R |
RR |
Q# |
LQ |
A |
P |
WG |
Z# |
PO |
G |
S |
SF-B |
NMS |
NH |
W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加, P=開催延期
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, G=オリンピック金メダル, S=オリンピック銀メダル, SF-B=オリンピック銅メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.
脚注
外部リンク