ズデニェク・ネホダとは? わかりやすく解説

ズデニェク・ネホダ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/31 03:48 UTC 版)

ズデニェク・ネホダ
名前
ラテン文字 Zdeněk Nehoda
基本情報
国籍  チェコ
生年月日 (1952-04-09) 1952年4月9日(70歳)
出身地 フリーン
選手情報
ポジション FW (CF)
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1969-1971 TJゴットワルドフ 56 (21)
1971-1983 デュクラ・プラハ 290 (124)
1983 SVダルムシュタット98 32 (14)
1984 スタンダール・リエージュ 3 (0)
1984-1986 FCグルノーブル 60 (24)
1986-1993 SCアマーリエンドルフ
代表歴
1971-1987 チェコスロバキア[1] 90 (31)
監督歴
1986-1993 SCアマーリエンドルフ
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ズデニェク・ネホダ(Zdeněk Nehoda, 1952年5月9日 -)は、チェコ(旧チェコスロバキア)の元サッカー選手サッカー指導者、選手アドバイザー。

選手時代のポジションはFW(センターフォワード)、正確なシュートで得点を決めるだけでなく、正確なパスやオフ・ザ・ボールの動きで周囲を生かすことも得意とした。息子のミハル(en)とダヴィドもサッカー選手として活躍をしている。

経歴

ネホダは故郷のフリーンでサッカーを始め、1969年にTJゴットワルドフに入団した。ゴットワルドフでは17歳で1部リーグデビューを飾るとフォワードのポジションを掴み、1969年のチェコスロバキアリーグ優勝に貢献した。1971年からは国内の強豪デュクラ・プラハへ移籍。 プラハでは1983年までの12シーズン在籍し、3度のリーグ優勝(1977年、1979年、1982年)と1度のカップ優勝(1981年、1983年)に貢献した。チェコスロバキアリーグ通算では345試合に出場し145得点を記録した。

1983年からは、国外へ活躍の場を移し、ドイツのSVダルムシュタット98へ移籍。ダルムシュタットでは32試合出場14得点を記録した。その後、ベルギーのスタンダール・リエージュ、フランスのFCグルノーブルを渡り歩き、1986年から1993年の間にオーストリア・グミュント郡のSCアマーリエンドルフで選手兼任監督を務めた。

チェコスロバキア代表としては、UEFA欧州選手権1976優勝、UEFA欧州選手権1980で3位入賞に貢献。1982年のFIFAワールドカップ・スペイン大会に出場するなど、国際Aマッチ90試合に出場し31得点を記録した。得点記録はチェコスロバキア歴代2位の記録となっている。

引退後の1995年からは、NEHODA-FOTBALという会社を設立し、選手アドバイザーを務めている。

個人タイトル

  • チェコスロバキア年間最優秀選手賞:2回 (1978, 1979)

出典

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