ジョー・ヒックス (内野手)とは? わかりやすく解説

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ジョー・ヒックス (内野手)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/14 09:15 UTC 版)

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ジョー・ヒックス
Joe Hicks
基本情報
国籍 アメリカ合衆国
出身地 インディアナ州マリオン郡
生年月日 (1957-07-15) 1957年7月15日(63歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
200 lb =約90.7 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 一塁手
プロ入り 1978年
初出場 NPB / 1985年4月6日
最終出場 NPB / 1985年10月10日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ジョセフ・アンソニー・ヒックスJoseph Anthony "Joe" Hicks , 1957年7月15日 - )は、アメリカ合衆国インディアナ州出身の元プロ野球選手内野手)。

来歴・人物

フロリダ州立大学を経て、1978年シカゴ・カブスと契約。カブス傘下のAAA級アイオワ1984年に36本のホームランを放ち、本塁打王のタイトルを獲得。2011年ブライアン・ラヘアが38本で記録を塗り替えるまで27シーズンの間、球団記録となる。しかし当時のシカゴ・カブスでは、一塁手にはレオン・ダーラムが固定され、さらには右打者を必要としないチーム事情からメジャーへの昇格がならず、1985年オークランド・アスレチックスからの勧誘を断り、阪急ブレーブスに入団、当初はブーマー・ウェルズとのコンビで重量打線を期待された。 だが外角への変化球に全く対応できず三振の山を築き、終わってみれば規定打席未満でありながら91試合で59安打ながら22本塁打という驚異的な数字を残すも、打率は二割強で、リーグ2位タイとなる91三振を喫する。また腹が出た体格から守備や走塁にも問題があり、同年10月10日にシーズン終了を待たず解雇となり、帰国した。ブーマーがユニフォームを忘れてしまった際、ヒックスのユニフォームを借りる案が出たが、ブーマーが「俺はあんなにデブじゃない」と断ったというエピソードが残っている。

1987年ニューヨーク・ヤンキース傘下のAA級アルバニー・コロニー、A級プリンス・ウイリアムにてコーチ兼任でプレーしたのを最後に、メジャー経験は無いまま現役引退。 現在は、故郷のインディアナ州でカイロプラクティックの専門医として活躍しているとのこと。

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1985 阪急 91 325 285 41 59 6 0 22 131 57 1 0 0 5 34 2 1 91 8 .207 .289 .460 .749
通算:1年 91 325 285 41 59 6 0 22 131 57 1 0 0 5 34 2 1 91 8 .207 .289 .460 .749

記録

NPB

背番号

  • 3 (1985年)

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