サムソン_(バンド)とは? わかりやすく解説

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サムソン (バンド)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/17 05:37 UTC 版)

サムソン

ブルース・ディッキンソン在籍時代(左からブルース、C・エイルマー、サンダースティック、P・サムソン)
基本情報
出身地 イングランド ロンドン
ジャンル ヘヴィメタルハードロック
活動期間 1976年 - 2002年
レーベル Laser
Rock Hard
Gem Record/Grand Slamm
ポリドール・レコード
Magnum America
Maze/Kraze
Thunderbolt
Angel Air Records
ジムコジャパン

サムソンSamson)は、イギリスロック・バンド。1970年代末のNWOBHMムーヴメントの代表バンドのひとつ。

概要

1976年、ポール・サムソン(ギター、ボーカル)、クリス・エイルマー(ベース)、クライヴ・バー(ドラム)により結成。その後、ドラマーは覆面を被りライブでは檻の中でドラムを叩くサンダースティックに交代。1979年、当時ギランのメンバーだったジョン・マッコイ(ベース)とコリン・タウンズ(キーボード)が参加したファースト・アルバム『サヴァイヴァーズ』でインディ・レーベルからデビュー。『サヴァイヴァーズ』のレコーディング中にはブルース・ブルースことブルース・ディッキンソン(ボーカル)がメンバーに加わっているが発売された盤には採用されなかった(再発CDでは一部の曲に使用されている)。

1980年、アルバム『魔人襲来』を発表。1981年、Gem Recordからアルバム『魔界戦士』を発表。同年のレディング・フェスティバル直前にサンダースティックが脱退、急遽メル・ゲイナー(ドラム)を迎えて演奏は成功したが、同フェスティバルの演奏を最後にブルース・ディッキンソンがアイアン・メイデンへ参加のため脱退。ニッキー・ムーア(ボーカル)とピート・ジャップ(ドラム)を加え、1982年にアルバム『魔界の嵐』、1984年にアルバム『ドント・ゲット・マッド』をメジャーのポリドールから発売する。セールス的に過去最高の売上を示した『魔界の嵐』で活路を開いたが、『ドント・ゲット・マッド』のポップな面を強調した大衆路線が失敗し、ライブ盤『Thank You and Goodnight』でニッキー・ムーア時代を(一時的にだが)終えた。

その後、メンバー・チェンジを繰り返しながらも活動を継続する。1999年8月、日比谷野外音楽堂で開催されたNWOBHM20周年記念フェスティバル「Metal Crusade '99」にサムソン、エイルマ―、サンダースティックというラインナップで参加する。

2000年にはニッキー・ムーアが復帰するが、2002年8月9日にポール・サムソンが癌のため逝去し、バンドはその歴史を閉じる。

バンド名は、ポール・サムソンにちなんで名付けられたが、旧約聖書・士師記の登場人物で怪力で復讐のため神殿の柱を破壊した「サムソン」に由来するとして、アルバム『魔界戦士』にも姿が描かれている。

アイアン・メイデンとの関係

1978年、デイヴ・マーレイがポール・サムソンにアイアン・メイデン加入の話を持ちかけているが、ファースト・シングル「Telephone」が発売直前であることを理由に断っている[1]

サムソン結成当初のメンバーだったクライヴ・バーは、1979年にアイアン・メイデンへ加入する。クライヴ・バーの後任として加入したサンダースティックは1977年にアイアン・メイデンに在籍しており、その時に書かれていた曲「The Ides of March」を「Thunderburst」というタイトルで1980年の『魔人襲来』に収録。「The Ides of March」はその後、アイアン・メイデンのセカンド・アルバム『キラーズ』(1982年)に収録される。

ブルース・ディッキンソン在籍時のサムソンがデビュー前のアイアン・メイデンを前座に迎えツアーを回った際、ブルースはポール・ディアノにボーカル・テクニックのアドバイスを求められたことがある。また、ブルース在籍最後のアルバム『魔界戦士』とアイアン・メイデンの『キラーズ』はロンドンのバッテリー・スタジオにおいて同時期にレコーディングが行われており、互いのメンバーが顔を合わせる機会も多かった[2]

1981年のレディング・フェスティバルにおけるサムソンのパフォーマンスを見たA&MレコードRCAレコードからそれぞれ250万ポンドの契約が持ち掛けられたが、同フェスティバルを見に来ていたスティーヴ・ハリスとマネージャーのロッド・スモールウッドによりバンドからブルースが引き抜かれると、両レコード会社との契約交渉は破談となる[1]

1986年、Paul Samson's Empire名義でアイアン・メイデンの「Somewhere on Tour」全英公演のオープニングを務めている。

1999年、日本で開催された「Metal Crusade '99」(NWOBHM20周年記念フェスティバル)は、当時アイアン・メイデンを脱退していたブルースも参加する計画が進められていたが、ブルースのアイアン・メイデン復帰が決まると、ブルースの同フェスティバル参加の話は立ち消えとなった[1]

在籍メンバー

  • ポール・サムソン (Paul Samson) – ギター、ボーカル (1977年–2002年) ※2002年没
  • ジョン・マッコイ (John McCoy) – ベース、ギター (1979年、1986年)
  • クリス・エイルマー (Chris Aylmer) – ベース、ギター (1977年–1979年、1979年–1984年、1992年–1994年) ※2007年没
  • クライヴ・バー (Clive Burr) – ドラム (1977年–1978年) ※2013年没
  • スチュワート・コクレイン (Stewart Cochrane) – ベース (1978年)
  • サンダースティック (Thunderstick、本名Barry Graham Purkis) – ドラム (1979年–1981年、1990年、1999年–2000年)
  • ブルース・ディッキンソン (Bruce Dickinson) – ボーカル (1979年–1981年)
  • メル・ゲイナー (Mel Gaynor) – ドラム (1981年-1982年)
  • ニッキー・ムーア (Nicky Moore) – ボーカル (1981年–1984年、1986年、2000年–2002年) ※2022年没
  • ピート・ジャップ (Pete Jupp) – ドラム (1982年–1984年)
  • マーヴィン・ゴールドワーシー (Mervyn Goldsworthy) – ベース (1984年)
  • デイヴ・コールウェル (Dave Colwell) – ギター (1984年)
  • エドガー・パトリック (Edgar Patrik) – ドラム (1986年)
  • デイヴ・ボイス (Dave Boyce) – ベース (1987年–1990年)
  • チャーリー・マック (Charlie Mack) – ドラム (1987年–1990年)
  • トビー・サドラー (Toby Sadler) – キーボード (1987年–1990年)
  • ミック・ホワイト (Mick White) – ボーカル (1987年–1989年)
  • ピーター・スキャラン (Peter Scallan) – ボーカル (1989年–1990年)
  • リック・アンソニー (Rik Anthony) – ボーカル (1990年)
  • トニー・トゥオヒー (Tony Tuohy) – ドラム (1992年–1994年)
  • イアン・エリス (Ian Ellis) – ベース (2002年)
  • ビリー・フレミング (Billy Fleming) – ドラム (2002年)

ラインナップ

ディスコグラフィ

スタジオ・アルバム

  • 『サヴァイヴァーズ』 - Survivors (1979年)
  • 『魔人襲来』 - Head On (1980年) ※全英34位。旧邦題『ヘッド・オン』
  • 『魔界戦士』 - Shock Tactics (1981年) ※旧邦題『ショック・タクティクス』
  • 『魔界の嵐』 - Before the Storm (1982年)
  • 『ドント・ゲット・マッド』 - Don't Get Mad, Get Even (1984年)
  • Joint Forces (1986年) ※ポール・サムソン名義
  • Refugee (1990年)
  • Samson (1993年) ※後に『Nineteen Ninety-Three』として再発
  • P.S.... (2006年) ※ポール・サムソン名義

ライブ・アルバム

  • Thank You and Goodnight (1985年)
  • 『ライヴ・アット・レディング'81』 - Live at Reading '81 (1990年)
  • 『メタル・クルセイド'99』 - Metal Crusade '99 (1999年) ※4バンドのオムニバス
  • Live in London 2000 (2001年)

参照

  1. ^ a b c Interview with Paul Samson - August 2000 (Source: Rock Hard Magazine)”. The Iron Maiden Commentary. 2020年8月2日閲覧。
  2. ^ Interview with Bruce Dickinson - December 1983 (Source: Enfer Magazine)”. Iron Maiden Bulgaria Fan Club. 2020年8月2日閲覧。

外部リンク


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