クスレッド (ウェセックス王)とは? わかりやすく解説

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クスレッド (ウェセックス王)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/04/29 12:29 UTC 版)

クスレッド
Cuthred / Cuþræd
ウェセックス王
在位 739/41年 - 754年
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クスレッド(Cuthred または Cuþræd古英語CVÞRED VVESTSEAXNA CYNINGCVÞRED REX SAXONVM OCCIDENTALIVM)はウェセックスの王と列せられている人物。在位は754年までとされるが、在位の始まりは740年[1]、または739年(ダーラムのシメオンによる記述)、あるいは741年(ウースターのジョンによる記述)と記されている。彼は前王エゼルヘルドと親類とみなされており、兄弟であったともされる。

生涯

クスレッドが王となった時、隣国マーシアは最盛の時代であった。当時ウェセックスとマーシア間で紛争がしばしば起こっていたものの、マーシア王エゼルバルドはクスレッドの宗主であったと見受けられ、743年にマーシア王の命によりクスレッドはウェールズ遠征に赴いている[2]

クスレッドの時代は混乱の時代であった。748年に王位継承者であったキュンリッチが殺害され(ハンティングドンのヘンリーによる記述)、750年には配下のエアルドルマンであったエゼルフン(Æthelhun)が反乱の鎮圧など混迷を極めた[3]

752年にはバトル・エッジ(Battle-Edge)においてマーシアに対して反乱を起こし、以後マーシアからの独立を果たす事となった。また当時コーンウォールブリトン人勢力とも753年に戦ったとも伝えられる。

脚注

  1. ^ アングロサクソン年代記、740年の項。
  2. ^ アングロサクソン年代記、743年の項。
  3. ^ アングロサクソン年代記、750年の項。

参考文献

  • 『アングロ・サクソン年代記』 大沢一雄訳、朝日出版社、2012年
爵位・家督
先代:
エゼルヘルド
ウェセックス王
在位

740–754
次代:
シゲベルト












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