ガエル・クリシーとは? わかりやすく解説

ガエル・クリシー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/13 03:44 UTC 版)

ガエル・クリシー
2012年のクリシー
名前
ラテン文字 Gael CLICHY
基本情報
国籍 フランス
マルティニーク
生年月日 (1985-07-26) 1985年7月26日(39歳)
出身地 トゥールーズ
身長 181cm[1]
体重 72kg[2]
選手情報
ポジション DF (LSB)
利き足 左足
ユース
2000-2002 カンヌ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2002-2003 カンヌ 15 (0)
2003-2011 アーセナル 187 (1)
2011-2017 マンチェスター・シティ 138 (2)
2017-2020 イスタンブールBBSK 87 (3)
2020-2023 セルヴェット 79 (1)
代表歴
2001  フランス U-15
2001-2002  フランス U-17
2002-2003  フランス U-18
2003-2004  フランス U-19
2004-2005  フランス U-21 13 (0)
2008-2013 フランス 20 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ガエル・クリシー(Gaël Clichy, 1985年7月26日 - )は、フランストゥールーズ出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー(LSB)。元フランス代表マルティニークにルーツをもつ。

経歴

クラブ

フランスASカンヌでデビュー。1年在籍した後、アーセナルFCのトライアルを経て、見事合格を果たす。2003-04シーズンには当時世界屈指の左サイドバックと謳われたアシュリー・コール不在時の穴を埋め、その才能を認められた。コールがウィリアム・ギャラスとのトレードでチェルシーFCに移籍した後は主力に定着。2007-08シーズンからは新加入で同胞のバカリ・サニャと両サイドバックコンビを形成し、サニャと共にプレミアリーグのベストイレブンにも選ばれた。

2011年7月4日マンチェスター・シティFCに4年契約で移籍した[3]。左サイドバックで主に出場し、同じくアーセナルから移籍してきたサミル・ナスリプレミアリーグなどのタイトル獲得に貢献した。主にアレクサンダル・コラロヴとポジションを争っていたがジョゼップ・グアルディオラが監督に就任した後は序列を下げ、2016-17シーズン終了後に、サニャやコラロヴ、ヘスス・ナバスらと共に契約満了に伴い退団したが、在籍6年間で200試合以上に出場した。

2017年7月6日、イスタンブール・バシャクシェヒルFKに加入が決定した[4]

代表

フランス代表として、2002年UEFA U-17欧州選手権で準優勝した。

2008年11月1日2010 FIFAワールドカップ予選のセルビア戦でA代表デビューを果たした。代表では、左サイドバックのポジションをパトリス・エヴラエリック・アビダルなどと激しく争った。

所属クラブ

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 20試合 0得点(2008年-2013年)[5]


フランス代表 国際Aマッチ
出場 得点
2008 2 0
2009 1 0
2010 6 0
2011 2 0
2012 5 0
2013 4 0
通算 20 0

タイトル

アーセナル

マンチェスター・シティ

代表
個人

脚注

外部リンク





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