カタリーナ・フォン・ポンメルン_(プファルツ=ノイマルクト公妃)とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > カタリーナ・フォン・ポンメルン_(プファルツ=ノイマルクト公妃)の意味・解説 

カタリーナ・フォン・ポンメルン (プファルツ=ノイマルクト公妃)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/06/14 10:14 UTC 版)

カタリーナ・フォン・ポンメルン
Katharina von Pommern

出生 1388年ごろ
死去 1426年3月4日
神聖ローマ帝国
プファルツ=ノイマルクト公領、ノイマルクト・イン・デア・オーバープファルツ英語版
埋葬 神聖ローマ帝国
プファルツ=ノイマルクト公領、ベルク・バイ・ノイマルクト・イン・デア・オーバープファルツ英語版グナーデンベルク修道院ドイツ語版
配偶者 プファルツ=ノイマルクト公ヨハン
子女 クリストファ3世
家名 グリフ家
父親 ポメラニア公ヴァルティスラフ7世
母親 マリア・フォン・メクレンブルク
宗教 キリスト教カトリック
テンプレートを表示
カタリーナが埋葬されたグナーデンベルク修道院ドイツ語版の遺構

カタリーナ・フォン・ポンメルン(ドイツ語:Katharina von Pommern, 1388年ごろ - 1426年3月4日)は、プファルツ=ノイマルクト公ヨハンの妃でカルマル同盟の王クリストファ3世の母である。

生涯

カタリーナはポメラニア公ヴァルティスラフ7世マリア・フォン・メクレンブルクの間の娘である。母マリアはメクレンブルク公ハインリヒ3世と、デンマーク王ヴァルデマー4世の長女インゲボーとの間の娘である。インゲボーはまた、北欧3国の支配者マルグレーテ1世の姉でもあった。また、ハインリヒ3世の母エウフェミアはセーデルマンランド公エリク・マグヌソンの娘でスウェーデン王マグヌス4世の妹であった。カタリーナの兄はエーリクは後にノルウェー王、デンマーク王およびスウェーデン王となる。

カタリーナと兄エーリクは1388年に大叔母マルグレーテ1世の養子となり、マルグレーテにより育てられた。当初、マルグレーテはカタリーナをヴァドステーナ修道院に入れるつもりであったが[1]、一時、カタリーナはイングランド王太子ヘンリーの結婚相手の候補となった[2]。この結婚話は1400年から1401年ごろにもちあがり、カタリーナの兄エーリクとヘンリーの妹フィリッパとの結婚と同時に行われる予定であった[1]

結局、カタリーナとヘンリーの結婚は成立しなかったが、1406年に別のイングランド王家との間接的なつながりができることとなった。義姉フィリッパがプファルツ=ノイマルクト公ヨハンとの結婚を提案したためである[1]。ヨハンはローマ王ループレヒトの息子で、兄ルートヴィヒ3世はフィリッパの姉ブランシュと結婚していた。結婚交渉は1年でまとまり、マルグレーテはカタリーナに4千グルデンの持参金を用意したが、これはヨハンの父ループレヒトが期待していたよりはるかに少ない金額であった。

1407年8月15日にカタリーナはデンマークのリーベでヨハンと結婚した。ヨハンとの間には7人の子供が生まれたようであるが、唯一クリストファのみが成人した。クリストファは後に伯父エーリクの跡を継いで北欧3国の王となった。

カタリーナは1426年3月4日に死去した。

脚注

  1. ^ a b c Dansk biografisk Lexikon / III. Bind. Brandt - Clavus
  2. ^ Ellen Hagen in Margareta Nordens drottning 1353-1412 Saxon & Lindströms, Stockholm 1953 pp. 87–88

参考文献




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  カタリーナ・フォン・ポンメルン_(プファルツ=ノイマルクト公妃)のページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

カタリーナ・フォン・ポンメルン_(プファルツ=ノイマルクト公妃)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



カタリーナ・フォン・ポンメルン_(プファルツ=ノイマルクト公妃)のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのカタリーナ・フォン・ポンメルン (プファルツ=ノイマルクト公妃) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS