ウシ・トラ合戦
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/02 20:57 UTC 版)
昭和26年4月28日執行の統一地方選挙に同時に立候補したのが、天谷丑之助である。両者とも市内木田余の出身で、奇しくも名前が一字違い、誕生日も一日違いであった。選挙は全国紙にも取り上げられ、県南の中心都市の選挙は話題をさらった。立会演説会では壇上に上がれないほどの大盛況であったが、市医師会等の運動が奏功し虎之助が初当選した。4年後に両者は再び市長選挙に立候補し、大激戦の末に連続当選を果たした。更に4年後には両者のみが出馬し文字通り一騎打ちの様相を呈したが、丑之助が雪辱を果たし2度目の当選を決めた。青年時代から政治を志し、豪放磊落の丑に対し、東大から官僚を務め実務型の虎とは、政治手法も異なり議会も巻き込み、数十年に亘り市政を二分した。
※この「ウシ・トラ合戦」の解説は、「天谷虎之助」の解説の一部です。
「ウシ・トラ合戦」を含む「天谷虎之助」の記事については、「天谷虎之助」の概要を参照ください。
- ウシ・トラ合戦のページへのリンク