1973年南アフリカグランプリ 1973年南アフリカグランプリの概要

1973年南アフリカグランプリ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/29 05:54 UTC 版)

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 1973年南アフリカグランプリ
レース詳細
1973年F1世界選手権全15戦の第3戦
キャラミ (1967-1985)
日程 1973年3月3日
正式名称 Seventh AA Grand Prix of South Africa
開催地 キャラミ
南アフリカ共和国 トランスヴァール州 ミッドラント英語版
コース 恒久的レース施設
コース長 4.104 km (2.550 mi)
レース距離 79周 324.216 km (201.458 mi)
決勝日天候 晴(ドライ)
ポールポジション
ドライバー マクラーレン-フォード
タイム 1:16.28
ファステストラップ
ドライバー エマーソン・フィッティパルディ ロータス-フォード
タイム 1:17.10 (76周目)
決勝順位
優勝 ティレル-フォード
2位 マクラーレン-フォード
3位 ロータス-フォード

レースはティレルジャッキー・スチュワートが優勝した。デニス・ハルムはF1キャリアで唯一のポールポジションを獲得した。スクーデリア・フェラーリがチームとしてF1世界選手権で200戦目の出走を迎えた[注 1]

エントリー

前戦ブラジルGPから3週間のインターバルは、斬新なCan-Amスポーツカーを手掛けていたドン・ニコルズ英語版率いるアメリカのシャドウが最初のF1マシンDN1を仕上げるのに十分な時間であった。トニー・サウスゲートが設計したDN1は、非常にスリムなノーズとサイドラジエーターが特徴であった。石油会社のUOP英語版の支援を受けたチームは、ジャッキー・オリバーとベテランではあるがF1初参戦のジョージ・フォルマー英語版をドライバーに迎えた[2][3]

マクラーレンゴードン・コパック英語版設計の楔形ボディでサイドラジエーターを備えた新車M23をエースのデニス・ハルムに用意し、地元出身のジョディー・シェクターM19Cを与えて3台体制とした[2][4]

サーティースは前年のレギュラードライバーであったアンドレア・デ・アダミッチが、古いTS9Bで本レースのみ復帰した[2][5]。オーナーのジョン・サーティースは自ら3台目のTS14Aを走らせようとしたが、スペアエンジンがなかったため断念した[6]

ウィリアムズナンニ・ギャリがスポーツカーのテスト中の事故により欠場したため、地元出身のジャッキー・プレトリウス英語版が代走を務める[2]

この他、ラッキーストライクの支援を受けた2人の地元出身ドライバーが参加する。デイヴ・チャールトンスクリバンテ・ラッキーストライク・レーシング英語版からロータス・72Dを、エディ・ケイザン英語版ブリノー・ラッキーストライク・レーシング英語版からティレル・004を走らせる。なお、両者ともタイヤはワークスとは異なりファイアストンを使用する[2][4]

エントリーリスト

チーム No. ドライバー コンストラクター シャシー エンジン タイヤ
ジョン・プレイヤー・チーム・ロータス 1 エマーソン・フィッティパルディ ロータス 72D フォードコスワース DFV 3.0L V8 G
2 ロニー・ピーターソン
エルフ・チーム・ティレル 3 ジャッキー・スチュワート ティレル 006 1 フォードコスワース DFV 3.0L V8 G
4 フランソワ・セベール 005 1
ヤードレー・チーム・マクラーレン 5 デニス・ハルム マクラーレン M23 フォードコスワース DFV 3.0L V8 G
6 ピーター・レブソン M19C
7 ジョディー・シェクター
スクーデリア・フェラーリ SpA SEFAC 8 ジャッキー・イクス フェラーリ 312B2 フェラーリ 001/1 3.0L F12 G
9 アルトゥーロ・メルツァリオ
ブルックボンド・オクソ・チーム・サーティース 10 マイク・ヘイルウッド サーティース TS14A フォードコスワース DFV 3.0L V8 F
11 カルロス・パーチェ
27 ジョン・サーティース 2
チェラミカ・パニョッシン・チーム・サーティース 12 アンドレア・デ・アダミッチ TS9B
STP・マーチ・レーシングチーム 14 ジャン=ピエール・ジャリエ マーチ 721G フォードコスワース DFV 3.0L V8 G
マールボロ・BRM 15 クレイ・レガツォーニ BRM P160D BRM P142 3.0L V12 F
16 ジャン=ピエール・ベルトワーズ
17 ニキ・ラウダ
モーターレーシング・ディベロップメンツ・リミテッド 18 カルロス・ロイテマン ブラバム BT37 フォードコスワース DFV 3.0L V8 G
19 ウィルソン・フィッティパルディ
フランク・ウィリアムズ・レーシングカーズ 20 ジャッキー・プレトリウス イソ・マールボロ FX3B フォードコスワース DFV 3.0L V8 F
21 ハウデン・ガンレイ
UOP・シャドウ・レーシングチーム 22 ジャッキー・オリバー シャドウ DN1 フォードコスワース DFV 3.0L V8 G
23 ジョージ・フォルマー
クラーク=モーダウント=ガスリー・レーシング 24 マイク・ボイトラー マーチ 721G フォードコスワース DFV 3.0L V8 F
スクリバンテ・ラッキーストライク・レーシング 25 デイヴ・チャールトン ロータス 72D フォードコスワース DFV 3.0L V8 F
ブリノー・ラッキーストライク・レーシング 26 エディ・ケイザン ティレル 004 フォードコスワース DFV 3.0L V8 F
ソース:[7]

追記
  • ^1 - 当初、スチュワートは005、セベールは006を使用していたが、金曜日にスチュワートが005を壊したため、セベールと車両を交換した
  • ^2 - サーティースはマシンが準備できず欠場[8]

予選

マクラーレンの新車M23を駆るデニス・ハルムがF1キャリア85戦目で初(そして唯一)のポールポジションを獲得し[9]M19Cを駆る地元出身のジョディー・シェクターが3番手で、マクラーレンの2台がエマーソン・フィッティパルディロータス)を挟んでフロントローに並んだ[注 2]。2列目はロニー・ピーターソン(ロータス)とクレイ・レガツォーニBRM)、3列目はピーター・レブソン(マクラーレン)、ジャン=ピエール・ベルトワーズ(BRM)、カルロス・ロイテマンブラバム)が並び、カルロス・パーチェサーティース)とニキ・ラウダ(BRM)がトップ10に入った[2]ジャッキー・スチュワートティレル)はテスト走行中にブレーキシステムのトラブルにより、ホームストレート直後のクロウソーンコーナーでクラッシュした。このクラッシュでスチュワートのティレル・005は大破し、スペアカーがなかったため、チームメイトのフランソワ・セベールが使用する006で予選を走行するが16番手に終わった。このためセベールはタイムを記録できなかったが、大破した005の修理が終わったことから、同車で決勝の出走が認められた[6]

予選結果

順位 No. ドライバー コンストラクター タイム グリッド
1 5 デニス・ハルム マクラーレン-フォード 1:16.28 - 1
2 1 エマーソン・フィッティパルディ ロータス-フォード 1:16.41 +0.13 2
3 7 ジョディー・シェクター マクラーレン-フォード 1:16.43 +0.15 3
4 2 ロニー・ピーターソン ロータス-フォード 1:16.44 +0.16 4
5 15 クレイ・レガツォーニ BRM 1:16.47 +0.19 5
6 6 ピーター・レブソン マクラーレン-フォード 1:16.72 +0.44 6
7 16 ジャン=ピエール・ベルトワーズ BRM 1:16.84 +0.56 7
8 18 カルロス・ロイテマン ブラバム-フォード 1:16.94 +0.66 8
9 11 カルロス・パーチェ サーティース-フォード 1:17.06 +0.78 9
10 17 ニキ・ラウダ BRM 1:17.14 +0.86 10
11 8 ジャッキー・イクス フェラーリ 1:17.16 +0.88 11
12 10 マイク・ヘイルウッド サーティース-フォード 1:17.17 +0.89 12
13 25 デイヴ・チャールトン ロータス-フォード 1:17.18 +0.90 13
14 22 ジャッキー・オリバー シャドウ-フォード 1:17.64 +1.36 14
15 9 アルトゥーロ・メルツァリオ フェラーリ 1:17.64 +1.36 15
16 3 ジャッキー・スチュワート ティレル-フォード 1:17.65 +1.37 16
17 19 ウィルソン・フィッティパルディ ブラバム-フォード 1:17.95 +1.67 17
18 14 ジャン=ピエール・ジャリエ マーチ-フォード 1:17.98 +1.70 18
19 21 ハウデン・ガンレイ イソ・マールボロ-フォード 1:18.07 +1.79 19
20 12 アンドレア・デ・アダミッチ サーティース-フォード 1:18.66 +2.38 20
21 23 ジョージ・フォルマー シャドウ-フォード 1:18.82 +2.54 21
22 26 エディ・ケイザン ティレル-フォード 1:18.92 +2.64 22
23 24 マイク・ボイトラー マーチ-フォード 1:20.37 +4.09 23
24 20 ジャッキー・プレトリウス イソ・マールボロ-フォード 1:20.54 +4.26 24
25 4 フランソワ・セベール ティレル-フォード No Time - 25
ソース:[10][11]

注釈

  1. ^ フェラーリのコンストラクターとしての出走は201戦目だが、1950年フランスグランプリワークスのスクーデリア・フェラーリが参加せず、プライベーターのピーター・ホワイトヘッド英語版のみフェラーリのマシンで参加したため、チームの出走記録にはカウントされない。Ferrari - Grands Prix started 1973”. STATS F1. 2020年7月28日閲覧。Ferrari - Grands Prix started 1950”. STATS F1. 2020年7月28日閲覧。
  2. ^ 本レースのスターティンググリッドは3-2-3。
  3. ^ 人命救助等に於ける極めて勇敢な行為に対して与えられるイギリスの勲章で、ジョージ・クロスの下位にあたる。
  4. ^ この年のオランダGPで炎に包まれたロジャー・ウィリアムソンを救出しようとしたデビッド・パーレイにも同じ勲章が授与された。しかし、ウィリアムソンを救出することはできず、炎の中で息を引き取った。

出典

  1. ^ Motor Racing Programme Covers: 1973”. The Programme Covers Project. 2017年7月7日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j South African GP, 1973”. grandprix.com. 2020年7月28日閲覧。
  3. ^ (林信次 1993, p. 69)
  4. ^ a b (林信次 1993, p. 66)
  5. ^ (林信次 1993, p. 67)
  6. ^ a b c d e f South Africa 1973”. STATS F1. 2020年7月28日閲覧。
  7. ^ South Africa 1973 - Race entrants”. STATS F1. 2020年7月28日閲覧。
  8. ^ a b South Africa 1973 - Result”. STATS F1. 2020年7月28日閲覧。
  9. ^ a b (林信次 1993, p. 58)
  10. ^ South Africa 1973 - Qualifications”. STATS F1. 2020年7月28日閲覧。
  11. ^ South Africa 1973 - Starting grid”. STATS F1. 2020年7月28日閲覧。
  12. ^ 1973 South African Grand Prix race report”. Motor Sport Magazine. 2020年7月28日閲覧。
  13. ^ (林信次 1993, p. 62)
  14. ^ 1973 South African Grand Prix”. formula1.com. 2014年9月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年12月22日閲覧。
  15. ^ South Africa 1973 - Best laps”. STATS F1. 2020年7月28日閲覧。
  16. ^ South Africa 1973 - Laps led”. STATS F1. 2020年7月28日閲覧。
  17. ^ 戦績:G.フォルマー”. F1 DataWeb. 2020年7月28日閲覧。
  18. ^ 戦績:E.ケイザン”. F1 DataWeb. 2020年7月28日閲覧。
  19. ^ 戦績:J.プレトリアス”. F1 DataWeb. 2020年7月28日閲覧。
  20. ^ 戦績:シャドー”. F1 DataWeb. 2020年7月28日閲覧。
  21. ^ a b South Africa 1973 - Championship”. STATS F1. 2019年3月20日閲覧。


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