看護倫理 看護倫理の概要

看護倫理

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/22 15:59 UTC 版)

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発展

看護の本質は、看護倫理が看護師と患者との間の日常的な相互作用を探り、「治癒」よりも、むしろ「ケア」の倫理を探求するものであることを意味する[1] [2]。歴史的には、医師への忠誠を含む優れた看護師としての美徳に焦点を当てて看護倫理を定義すべく模索が行われていた[2]看護師とケア対象者との関係性における行動に焦点を置くものではなかったのである。近年では、看護倫理もまた、患者の人権と尊厳を尊重するという看護師の義務へとシフトしてきており、これは 国際看護師協会による看護師のための最新の規範などに示されている通りである[3] [4]

独自性

看護倫理の多くは医療倫理に似ているように見えることがあるが、それを区別するいくつかの要素が存在する。Breier-Mackie(Breier-Mackie, Sarah PhD) [5]は、看護師が病気の治療ではなくケアに焦点を当てることで、独自の倫理観が得られると示している。さらに、看護倫理は道徳的なジレンマよりも日常生活の倫理を重視する[2]。看護倫理は、与益原則や公平・正義原則などのより広い原則よりも、思いやりのある関係を築くことに重点を置く[6]。例えば、与益原則に基づいて処置を施すべきという、伝統的な医療に見られた父権主義的パターナリズムの観点からの主張が出される場合もある。しかし、このアプローチは看護倫理に見られる患者中心の価値観に反しているとする議論も可能なのである[7]

独自性はまた別の理論的な角度からも検討することが出来る。一部の人々は、道徳義務論的なテーマへの動きにもかかわらず、やはり看護倫理における徳倫理学[8]への重きや、一部の者はケアの倫理への支持し続けている[6]。これは、抽象的な概念や原則よりも、患者との関係性を強調しており、それ故、他の倫理的見解よりもより正確に看護におけるケア関係を反映している、とその提唱者達が考えているからである。また、看護師による、尊重と思いやりのある姿勢と態度によって患者の尊厳を尊重する、といったテーマなども一般的に見受けられる。

必要性

医療社会学の立場から15年にわたり看護の現場を研究したダニエル F.チャンブリス博士は、その著書「ケアの向こう側 看護職が直面する道徳的・倫理的矛盾」[9]の中で、「看護職の世界、すなわち病院は、一般社会とは全く異なる道徳システムを持っている。病院では悪人でなく善良な人がナイフを持ち、人を切り裂いている。そこでは善人が、人に針を刺し、肛門や膣に指を入れ、尿道に管を入れ、赤ん坊の頭皮に針を刺す。また、善人が泣き叫ぶ熱傷者の死んだ皮膚をはがし、初対面の人に服を脱ぐよう命令する」と書き、次第にそれが普通のこととして「日常化」され、「ルーチン化」され看護師の感情は平坦化し、そこで生じる出来事に対する感受性も失われていくと述べる。患者さえもそのルーチン化に含まれていき、患者は人としてではなく、一つのケースとしてしか認識されないようになる。その結果、看護師は患者に生じる多くの倫理的問題、道徳的問題を認知しなくなっていくのだと分析し、看護職こそ、倫理的問題に積極的に関っていくべき必要があるとしている[9]


注釈

  1. ^ non-maleficenceは、日本では「無危害原則」との表記も多くみられる。
  2. ^ beneficenceは、日本では「善行原則」などの表記も多くみられる。
  3. ^ 「オートノミー(Autonomy)」の訳語として一部日本の医療関係者においては、「自律性尊重原則」や「自律原則」などといった表記もなされる場合もある。しかしながら、医療倫理における定義でも触れられているように「自律」はこの文脈では誤りであり、「自主」または「自己決定権」の意味である。オートノミーは「"autos" (self=自ら) and "nomos (rule=治む・統治・支配)」を元にしており、単語の定義は「Autonomy is the capacity of a rational individual to make an informed, un-coerced decision; or, in politics, self-government」つまり、「合理的な個人として、よく情報を与えられた上でなおかつ他から影響されない自由な意思決定をすることが可能なキャパシティー(能力を与えられている状態=権利)。政治においては自治」となる。 オートノミーの由来は、古代ギリシア語: αὐτονομία, autonomia, from αὐτόνομος, autonomos, from αὐτο- auto- "self" and νόμος nomos, "law", hence when combined understood to mean "one who gives oneself one's own law"、つまり直訳すると「自分で自分に自身の法を与える者」となる。 同様に、台湾などの他の漢字圏でも「自主」をあてはめ「尊重自主原則」と訳し、醫學倫理學 - 病患自主(患者の自主)」、「生命倫理學之四原則、1.尊重自主原則」、「自主神经系统」、「病人自主權利法(患者の自主権利法)といった用いられ方をしている。 ここはでは、中立性、客観性、翻訳上の観点から、より正確な「自主」の訳語を採用している。

出典

  1. ^ Hunt, G. (1998). Craig E. ed. Routledge Encyclopedia of Philosophy. 7. London: Routledge. pp. 56-57. ISBN 978-0-415-18712-1 
  2. ^ a b c d Storch, J.L. (2009). “Ethics in Nursing Practice”. In Kuhse H & Singer P.. A Companion to Bioethics. Chichester UK: Blackwells. pp. 551-562. ISBN 9781405163316 
  3. ^ McHale, J; Gallagher, A (2003). Nursing and Human Rights. Butterworth Heinemann. ISBN 978-0-7506-5292-6 
  4. ^ The ICN Code of Ethics for Nurses”. International Council of Nurses (2012年). 2017年7月19日閲覧。
  5. ^ Breier-Mackie, Sarah (March–April 2006). “Medical Ethics and Nursing Ethics: Is There Really Any Difference?”. Gastroenterology Nursing 29 (2): 182-3. doi:10.1097/00001610-200603000-00099. http://www.nursingcenter.com/pdf.asp?AID=641332 2012年2月2日閲覧。. 
  6. ^ a b Tschudin, Verena (2003). Ethics in Nursing: the caring relationship (3rd ed.). Edinburgh: Butterworth-Heinemann. ISBN 978-0-7506-5265-0 
  7. ^ a b c Rumbold, G (1999). Ethics in Nursing Practice. Balliere Tindall. ISBN 978-0-7020-2312-5 
  8. ^ Armstrong, Alan (2007). Nursing Ethics: A Virtue-Based Approach. Palgrave Macmillan. ISBN 978-0-230-50688-6 
  9. ^ a b Chambliss, Daniel F.、浅野, 祐子『ケアの向こう側 : 看護職が直面する道徳的・倫理的矛盾』日本看護協会出版会、2002年(日本語)。
  10. ^ a b Baille L; Gallagher A.; Wainwright P. (2008). Defending Dignity. Royal College of Nursing. http://www.rcn.org.uk/__data/assets/pdf_file/0011/166655/003257.pdf 
  11. ^ a b Gastmans, C. (2013). “Dignity-enhancing nursing care: A foundational ethical framework”. Nursing Ethics 20 (2): 142-149. doi:10.1177/0969733012473772. PMID 23466947. 
  12. ^ Tuckett, A. (2004). “Truth-Telling in Clinical Practice and the Arguments for and Against: a review of the literature”. Nursing Ethics 11 (5): 500-513. doi:10.1191/0969733004ne728oa. PMID 15362359. http://nej.sagepub.com/cgi/content/abstract/11/5/500. 
  13. ^ 看護における研究倫理指針の歴史的展開 国立循環器病研究センター医学倫理研究室 /「看護研究」誌(医学書院) 2018年7月8日閲覧
  14. ^ 吾妻知美「ナイチンゲールの看護の本質はどのように伝えられたか」『教授学の探究』第23巻、北海道大学大学院教育学研究科教育方法学研究室、2006年1月、 111-121頁、 ISSN 0288-3511NAID 120000959066
  15. ^ 小林道太郎, 竹村淳子, 真継和子「看護倫理に関する歴史的概観 (PDF) 」 『大阪医科大学看護研究雑誌』第2巻、大阪医科大学看護学部、2012年3月、 60-67頁、 ISSN 2186-1188NAID 40019582511
  16. ^ a b The History and Application of Nursing Ethics” (英語). Husson University (2017年8月1日). 2019年5月17日閲覧。
  17. ^ Code of Ethics for Nurses” (英語). ANA. 2019年5月17日閲覧。
  18. ^ 看護師の倫理綱領 | 日本看護協会”. www.nurse.or.jp. 2019年5月17日閲覧。
  19. ^ なぜ「倫理綱領」が必要か | 日本看護協会”. www.nurse.or.jp. 2019年5月17日閲覧。
  20. ^ a b Boundaries in the nurse-client relationship NCSBN 2018年7月8日閲覧
  21. ^ Professional Boundaries and the Nurse-Client Relationship: Keeping it Safe and Therapeutic - Guidelines for Registered Nurses CRNNS 2018年7月8日閲覧
  22. ^ https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-21592912/ 患者-看護師関係における境界概念モデルの構築及び境界調整に関する技術的要素の抽出] 牧野 耕次 滋賀県立大学, 人間看護学部, 助教 2018年7月8日閲覧
  23. ^ https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-21592912/ 日本の医療現場における《患者-看護師》関係の特性] 日本大学大学院総合社会情報研究科 2018年7月8日閲覧
  24. ^ シンポジウム 第54回人権擁護大会 2011年10月6日 2018年7月8日閲覧
  25. ^ 障害者差別解消法に基づく対応要領・対応指針について 医療関係事業者向けガイドライン 2018年7月8日閲覧


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