熱膨張
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/04/12 13:48 UTC 版)
例と応用
大形構造物を設計する場合、土地調査でテープやチェーンを使って距離を測定する場合、高温材料を鋳造する金型を設計する場合、ほか温度によるサイズの大幅な変化が予想される応用工学においては、その物質の膨張および収縮を考慮しなければならない。
また熱膨張は、機械用途で部品を互いに密着させる場合にも使用される。例えば内径を軸の直径より僅かに小さく作っておき、次にそれを軸に収められるよう加熱して、軸に押し込んだ後に冷却させるという、いわゆる焼きばめが行われている。焼きばめは、金属部品をあらかじめ150 °C - 300 °Cの間に熱して行う一般的な産業手法であり、それによって部品を膨張させ、別部品への挿入または取り外しを可能にする。
線膨張率の非常に小さい合金が幾つか存在し、ある温度範囲で物理的寸法の変化が小さいことを要求する用途で使われている。そのうちの1つがインバー36で、膨張は約0.6×10−6 K−1相当である。これらの合金は、幅広い温度変動が起こるであろう航空宇宙用途に有用である。
プランジャー装置は、実験室で金属棒の線膨張を見定めるのに用いられる。この装置は両端が閉じた金属製シリンダー(蒸気套と呼ばれる)で構成されており、そこには蒸気用の入口と出口が付いている。棒を加熱するための蒸気は、ゴム管で入口と繋がっているボイラーより供給される。シリンダーの中心には温度計を挿入するための穴が付いている。測定対象の棒は蒸気套内に置かれる。一端は自由だが、もう一端は固定ねじで押さえつけられている。棒の位置をマイクロメータのねじ尺または球面計によって決定する。
金属の線熱膨張率を見定めるために、その金属製の管は蒸気を通して加熱する方法がある。管の一端は固定され、もう一方は回転軸上に置かれており、その動きがポインタによって示される。温度計は管の温度を記録している。これで温度変化1℃ごとの相対的な長さの変化を計算できるようになる。
脆性素材の熱膨張制御は様々な理由から重要な懸念事項である。例えば、ガラスとセラミックスはいずれも脆く、不均一な温度が不均一な膨張を引き起こし、それが熱応力を生むことによってひび割れが生じる場合がある。セラミックスは幅広い素材と組み合わせたりして扱う必要があるため、その膨張が用途に合っている必要がある。釉薬は下の磁器(または他の下地)にしっかり塗付する必要があるため、ひび割れ等が出来ないよう下地に「吸着」するように熱膨張を調整する必要がある。熱膨張が成功の鍵となる製品の例としてコーニングウェアとスパークプラグがある。セラミック下地の熱膨張は焼成によって制御可能であり、材質の望ましい方向への膨張に影響を与える結晶種を作り出す。釉薬の熱膨張は、その化学組成と施された熱履歴によって制御される。大半の場合、下地および釉薬の膨張の制御には複雑な問題があるため、熱膨張の調整は影響を受ける他の特性を見据えて行う必要があり、一般的にはトレードオフが必要である。
熱膨張は地上貯蔵タンクに貯めたガソリンに顕著な影響を及ぼすことがあり、冬には地下タンク貯蔵のガソリンよりも圧縮されたものを、夏には地下タンク貯蔵のガソリンよりも圧縮の小さいものを提供してしまう可能性がある[10]。
熱が引き起こす膨張は、大半の工学分野で計算に入れておく必要がある。幾つか例を挙げる。
- 金属製の窓枠にはゴム製スペーサーが必要になる。
- ゴムタイヤは、路面や天候によって加熱ないし冷却されたり、機械的な屈曲や摩擦によって加熱されるため、幅広い温度帯で良好に機能する必要がある。
- 金属製の温水加熱配管では、長い直線を使ってはいけない(右写真のように迂回箇所を作って膨張の影響を分散させる)。
- 鉄道や橋などの大型構造物は、座屈しないよう構造物に伸縮継手を入れておく必要がある。
- 車のエンジンが冷えているうちは性能が悪い理由の一つは、通常の動作温度に達するまで部品同士の間隔が大きくて非効率になってしまうためである。
- 伸縮補正振子とも呼ばれるすのこ型振子は、異種金属を組み合わせることで(互いの熱膨張を相殺させることにより)温度変化があっても一定の振子長を保つ。
- 暑い日には送電線が垂れ下がり、寒い日はピンと張る。これは金属が熱で膨張するためである。
- 伸縮継手は、配管システムの熱膨張を吸収する[11]。
- 精密工学ではほとんどの場合、技士は製品の熱膨張に注意を払う必要がある。例えば走査型電子顕微鏡を使う場合、1 ℃くらいの小さな温度変化が試料に対する焦点の位置を変えてしまう可能性がある。
- 液体温度計は液体(通常は水銀やアルコール)が管内に封入されており、温度変化により体積が膨張した際には一方向だけに流れる仕組みである。
- 熱膨張が異なる2枚の金属片を使ったバイメタル式温度計は、温度変化によって曲がり方が変化する性質を応用して温度を計測する[12]。
- ^ Physics for Scientists and Engineers - Volume 1 Mechanics/Oscillations and Waves/Thermodynamics. New York, NY: Worth Publishers. (2008). pp. 666?670. ISBN 978-1-4292-0132-2
- ^ 文部科学省「第1章 水の性質と役割(要旨)」2022年1月20日閲覧。
- ^ Bullis, W. Murray (1990). “Chapter 6”. In O'Mara, William C.; Herring, Robert B.; Hunt, Lee P.. Handbook of semiconductor silicon technology. Park Ridge, New Jersey: Noyes Publications. p. 431. ISBN 978-0-8155-1237-0 2010年7月11日閲覧。
- ^ Varshneya, A. K. (2006). Fundamentals of inorganic glasses. Sheffield: Society of Glass Technology. ISBN 978-0-12-714970-7
- ^ Ojovan, M. I. (2008). “Configurons: thermodynamic parameters and symmetry changes at glass transition”. Entropy 10 (3): 334-364. Bibcode: 2008Entrp..10..334O. doi:10.3390/e10030334.
- ^ Papini, Jon J.; Dyre, Jeppe C.; Christensen, Tage (2012-11-29). “Cooling by Heating---Demonstrating the Significance of the Longitudinal Specific Heat”. Physical Review X 2 (4): 041015. arXiv:1206.6007. Bibcode: 2012PhRvX...2d1015P. doi:10.1103/PhysRevX.2.041015 .
- ^ 鹿島化学金属「プラスチック(樹脂)の吸水率」2022年1月20日閲覧。膨張率は種類によって様々だが、特にナイロン等の樹脂は水を吸いやすく、紙おむつ等に使われる高吸水性ポリマー(SAP)が水を吸うプラスチックの典型。
- ^ Ganot, A.; translated by Atkinson, E. (1883). Elementary treatise on physics experimental and applied for the use of colleges and schools. New York: William and Wood & Co. pp. pp. 272–273. doi:10.5479/sil.324524.39088000931592
- ^ Track Buckling Research. Volpe Center, U.S. Department of Transportation
- ^ Cost or savings of thermal expansion in above ground tanks. Artofbeingcheap.com (2013-09-06). Retrieved 2014-01-19.
- ^ Lateral, Angular and Combined Movements U.S. Bellows.
- ^ 横河計器製作所「バイメタル式温度計とは」2022年1月22日閲覧。
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