修道士
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/14 04:48 UTC 版)
正教会の修道士
正教会では、正教徒が修道誓願を立て、剪髪式を経ることで修道士となる[2]。大抵の場合には修道誓願の前に修道見習いの期間が置かれる[2]。
独身者が誓願を立てるのが原則であるが、子どもが成長した後、夫婦が同時にそれぞれ男子修道院・女子修道院に入り修道士・修道女となるケースもある。これは、一般信徒のみならず、妻帯する輔祭・司祭の場合も同様である。
剪髪式において、修道士となる者は修道名を戴き[注 3]、全ての罪を赦されて罪なる生活と訣別し、ハリストス(キリストのギリシャ語読み)への忠誠を誓い、俗衣を捨てて新たな衣を着用する。
修道は、妻帯せず姻戚にしばられず、さすらい、極貧に生き、断食し、祈りに明け暮れた、ハリストスの生活に倣うことを目的とする。また、修道は心の内奥の生活であり、天の王国に通じる「狭い道」であるハリストス信仰を絶対的に表す生活である。ただし修道士は近しき人々や世界に対する愛を欠くわけではなく、俗世の外にありながら、庵の静寂の中で全世界のために祈る。修道士は積極性や激しい社会活動によって世界を改良するのではなく、世界が内面的に変容するように自分自身を変容させようと努めるのである。
修道士は人々が汗して作った穀物をただで食せぬよう、世の中のために尽くすべきだと言う人々がいるが、その奉仕とは何か、何をもって修道士は世の中に尽くすべきかを理解してもらわなければならない。修道士とは世界のために祈る祈祷者であり、その主な役割はその祈りにこそある…。修道士のお蔭で地上から祈りが絶えることがないのである。(中略)世界は聖人の祈りによって存命しているのである。 — アトスの克肖者聖シルワンの言葉。イラリオン・アルフェエフ著、ニコライ高松光一訳『信仰の機密』131頁・132頁、東京復活大聖堂教会(ニコライ堂) 2004年
(己の)霊を鎮めよ、されば爾の周りの人々は救はれん。 — サロフの克肖者聖セラフィムの言葉。イラリオン・アルフェエフ著、ニコライ高松光一訳『信仰の機密』132頁、東京復活大聖堂教会(ニコライ堂) 2004年
修道士の叙聖
修道士が輔祭・司祭に叙聖されると、修道輔祭・修道司祭となる。また、配偶者と死別して一定の期間を経た妻帯輔祭・妻帯司祭が剪髪式を受けて修道士となった場合も、同様に修道輔祭・修道司祭となる。修道司祭は典院・掌院に昇叙[注 4]されることがある。
正教会では司祭・輔祭は妻帯することが出来るが、主教職に叙聖されるには修道士であることが求められる。但し、配偶者と死別してのちに修道司祭となった経歴を持つ者が主教となる例は珍しくない。
- 修道士のページへのリンク