中華人民共和国の戸籍制度 戸口移転手続

中華人民共和国の戸籍制度

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/13 02:14 UTC 版)

戸口移転手続

戸口登記条例では、農村から都市への人口流動の増加という社会状況をふまえ、人の移動を制限・管理する必要性から、戸口の移転を伴う移動とりわけ農村から都市への移動に対し厳しい制限となっている[9]

具体的には、公民が農村から都市へ移転する際に、都市労働部門の採用証明書、学校の入学証明書あるいは都市戸口登記機関の転入許可証明書の取得を義務付けることなどである[10]。54年憲法は、移動の自由を認めていたが、実際には都市への人口流入が抑制されていく過程で、移動の自由に対する制限が次第に強化されていくことになった[11]。ただし、ここでの移動の自由に対する制限は、農村から都市への移動の制限であり、逆の都市から農村への移転は基本的に自由であった[11]。移動の制限は、都市と農村を区分する問題であったので、戸籍は都市戸籍と農村戸籍の2つに分類されて管理されることになった[11]。ただし、農村戸籍に分類された者は、行政上農村地区とされている地域に居住していることを示すだけで、農民であることを示すものではない[11]。さらに、1955年からは、計画経済と配給制度を運営する必要から、農業人口と非農業人口を区別する統計がとられるようになった[11]

農転非政策

文化大革命の終息が宣言された1977年に政府は、農村から都市への移動を禁止する原則を維持しつつ、毎年、非農業人口の0.15パーセントに限って都市への移動を認める「農転非(農業人口から転じて非農業人口となす)政策」を開始した[11]

これは文革中に強制的に農村に移住させられた知識人や技術者、学生といった有能な人材を都市に復帰させようとするもので、文革の清算と同時に、経済改革に必要な人材を動員する狙いがあった[11]。1970年代後半の農業改革の成功により「農転非政策」は緩やかに拡大し始める[12]。さらに1980年代前半には郷鎮企業が発展し、農村地域での工業化と小都市の経済発展が著しく進展し、戸籍管理行政が大きく見直された[12]1984年に政府は農村地域の小都市である「建制鎮(行政区画上の都合で、地区の行政の中心地として設置された鎮[13])」での工業、商業、サービス業に従事している農民に、新設した食料自給戸籍を与えた[12]。これにより食料自給農民を得た農民は、非農業人口に加えられたので、「農転非政策」は大幅に拡大されたことになる[12]。1990年代になると、沿海地方の飛躍的な経済発展と農村の都市化が、戸籍管理行政改革への圧力となる[12]。市場経済の浸透により配給制度が基本的に廃止されたために、これまでの戸籍管理制度を支えていた大きな柱が失われたことも改革への弾みとなった[12]1998年には「農転非政策」は大幅に緩和され、都市に居住すべき一定の事情がある者、経済活動上の必要がある者、優秀な人材や都市部の住宅を購入した者などについては、各地方政府の判断で都市への移住を認める制度が全国的に始まった[12]

暫住証から居住証へ

北京市暫住証
北京市では2016年10月1日に発行が停止され、居住証へ置き換わっていった。
居住証の例(成都市発行)

沿海工業地帯の発展は大量の労働力需要をもたらしたため、内陸部からの人口移動は不可避なものとなった[14]。そこで出稼ぎ労働者を管理するため、公安部は1985年に「都市暫住人口管理についての暫定規則」を定め、暫住証を発行するようになった[14]。しかし、この証明書は一時的な居住を認めるものに過ぎず、社会保障・医療・教育等の行政的サービスを都市住民と同じように受けることはできなかった[14]

農村からの出稼ぎ労働者(農民工)は、暫住という形で長期にわたり不安定な生活を強いられたため、次第に不満を募らせていった[14]。戸籍制度の抜本的改革が実現しない中、2010年には北京上海広州等の大都市で、暫住証を居住証に切り替える措置が順次実施され始めた[14]。居住証は各都市で違いがあるものの、医療や社会福祉の面で、戸籍をもつ市民と同等の待遇を保証していること、5年から10年ほどの一定期間を経た後、都市戸籍の取得を可能にしていることが、共通している[14]。しかしこの措置をもってしても、外来人口を二級市民として差別している点では根本的な解決ではなく、戸籍制度改革実現までの時間稼ぎの措置という他ない[14]


注釈

  1. ^ GDP(国内総生産)などに基づいて5つのレベル分けた都市の上から2番目のレベルに当たる「二線都市」のうち、とくにビジネス人材活躍の環境を備え、地域の中心都市としての影響力や将来性がある都市。
    その都市に該当するのは、2020年では成都、重慶、杭州、武漢、西安、天津、蘇州、南京、鄭州、長沙、東莞、瀋陽、青島、合肥、仏山の15都市である。

出典

  1. ^ a b c d 西島 2008, p. 178
  2. ^ a b c d e f g h i j k 山北 2014, p. 251
  3. ^ a b 田中 2012, p. 422
  4. ^ a b c 田中 2012, p. 423
  5. ^ a b c d e f g h i 西島 2008, p. 179
  6. ^ a b c d e 西島 2008, p. 180
  7. ^ 山北 2014, p. 252
  8. ^ a b c 西島 2008, p. 181
  9. ^ a b c d e f 西島 2008, p. 182
  10. ^ 西島 2008, p. 183
  11. ^ a b c d e f g 田中 2012, p. 424
  12. ^ a b c d e f g 田中 2012, p. 425
  13. ^ ハンドブック 2014, p. 81
  14. ^ a b c d e f g 田中 2012, p. 426
  15. ^ 独立行政法人労働政策研究・研修機構 (2014年2月). “中国政府、新型都市化計画(2014~2020年)を発表”. 2020年6月17日閲覧。
  16. ^ 巨龍中国 一億大移動 流転する農民工 (Youtube). NHK. 27 February 2017.
  17. ^ 趙薇 (2019年5月22日). “農民工人口の前年比伸び率、調査開始以来の最低に(中国)”. ジェトロ(日本貿易振興機構). 2019年11月16日閲覧。
  18. ^ “2020年新一線都市ランキングが発表 西安が躍進” (日本語). 人民網日本語版. (2020年5月30日). http://j.people.com.cn/n3/2020/0530/c94475-9696069.html 2020年6月21日閲覧。 
  19. ^ 「新一線都市」が、大卒者の転入に優遇策”. 独立行政法人労働政策研究・研修機構 (2017年11月). 2020年6月21日閲覧。
  20. ^ 趙薇 (2019年4月16日). “農村から都市への転入制限撤廃、都市の環境インフラ整備も必要に(中国)”. ジェトロ(日本貿易振興機構). 2019年11月16日閲覧。
  21. ^ a b c d 金森俊樹 (2019年7月24日). “中国が「戸籍取得制限」を緩和…各都市の取得条件と取得状況”. 幻冬舎ゴールドオンライン. 幻冬舎. 2020年6月21日閲覧。
  22. ^ 于瑛琪 (19 May 2019). 「新型都市化建設の重点任務2019」が公開~人口流動の新動向で都市化が新段階に入る (PDF) (Report). 三菱UFJ銀行中国投資銀行部中国調査室. 2020年12月27日閲覧
  23. ^ “北京戸籍取得者はポイント制に基づき今年は6019人が取得” (日本語). 人民網日本語版. (2018年10月17日). http://j.people.com.cn/n3/2018/1017/c94475-9509273.html 2020年6月21日閲覧。 
  24. ^ 岡本信広 (22 July 2019). 中国:「人の都市化」は進んでいるのか? (Report). 国際貿易投資研究所. 2020年6月17日閲覧





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