ロッキートビバッタ 蝗害

ロッキートビバッタ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/30 17:37 UTC 版)

蝗害

ロッキー山脈の位置

蝗害 (こうがい) とは、バッタやイナゴが大量発生して飛来し、農作物などを食い荒らす災害である。「蝗」(イナゴ) の漢字が充てられているが、ワタリバッタによるものも蝗害と呼ばれる[36]。大規模な蝗害を引き起こした種は世界的に10種類以上が確認されているが、北米大陸ではロッキートビバッタの1種のみである[11]

古くはメイン州で1743年から1756年にかけて、またバーモント州では1797年から1798年にかけてロッキートビバッタによる蝗害が確認されている (両州とも大西洋側、つまり北米大陸東部に位置する)[12]。その後19世紀に入ると西部開拓時代を迎え、ロッキートビバッタの生息に適した西方へと農地が開拓されていったことから、農業に与える蝗害の影響は深刻化している。程度に差はあるものの、1828年、1838年、1846年および1855年に大発生が確認されており、西部全域にその影響は広がった。1856年から翌57年、および1865年にはミネソタ州に、また1856年から1874年の間にはたびたびネブラスカ州にも蝗害が及んでいる[12]

大規模な発生が最後に確認されたのは1873年から1877年であり、コロラド州カンザス州、ミネソタ州、ミズーリ州、ネブラスカ州を含む広域で、農作物の被害額は1874年の単年のみで2億ドルに上った (2018年の消費者物価指数で換算すると44億ドル超に相当する)[12][注 5]。ロッキートビバッタは特にムギなどの穀類を好んだものの[6]、エサとなるのは草や農作物だけでなく、革製品や木材、羊毛なども含まれ、またごく稀なケースでは服を着た人間の背面を襲うこともあった[6]。ロッキートビバッタがエサにしなかったのは、トマトやトウゴマの実、ラズベリーなどごく一部の野菜や果物に限られていた[6]

翌1875年の大発生は特に「アルバート大群英語版」と呼ばれており、ギネス世界記録に登録された数値によると、12兆5千億匹の大群だったと推定されている[6]。なお、2004年に公表された別推計によると、アルバート大群は3兆5千億匹だったとの説もある[7]。証言・分析によると、地上1マイル (約1.6キロメートル) をロッキートビバッタの大群は5日間途切れることなく通過しており、この数値からロッキートビバッタは横110マイル (約177キロメートル)、長さ1,800マイル (約2,897キロメートル) の帯状に群れを成して飛来したと推定されている[11]。「巨大な雲のようでもあり、吹雪のようでもあり、蒸気で陽光を遮っていた」とある農家は証言している[12]

ホッパードーザーの使用光景
画像外部リンク
蝗害に襲われる農民のイラストなど
カンザス歴史会英語版 (カンザス州政府機関) 発行 "Grasshopper Plague of 1874"

駆除の方法は多岐に渡っており、火薬を使ったり、塹壕を掘ってロッキートビバッタを焼却処分したり、耕作機の一種である「ホッパードーザー」(hopperdozers) も使用された。このホッパードーザーとは、ブルドーザーのような横長の板を馬の後ろにつけて地面を掻き出し、バッタが飛び上がったところを毒または液体燃料の入った受け皿で捕獲する仕組みである。また、掃除機のような機械で吸い取って駆除することもあった。しかしこれらの駆除方法は効果が限定的であり、被害を食い止めるには至らなかった。ミズーリ州政府所属でロッキートビバッタ対策の第一人者として知られる昆虫学者ライリーは、ロッキートビバッタを塩コショウで味付けしてバターで炒めるレシピを考案した。このレシピは一般に受け入れられたものの、「このおぞましい生物を食してもすぐに腹が減るだけだ」との反応もあった[12]

1877年のネブラスカ州議会では、16歳から60歳の者は繁殖期に最低2日間は駆除作業に従事することを義務付ける、その名も「グラスホッパー法」を成立させ、違反者には罰金10ドルを課した。同年、ミズーリ州ではロッキートビバッタを駆除した量に応じて懸賞金制度を設けており、1ブッシェル (容積にして約35リットル) あたり、3月には1ドル、4月には50セント、5月には25セント、6月には10セントが支払われた。同様に、プレーリー地帯の他州でも類似の懸賞金制度が採用されている[12]

ライリーの働きかけにより、連邦議会下院は1877年、ロッキートビバッタの研究を主目的としてアメリカ合衆国昆虫学委員会英語版内務省傘下の政府機関として公式に設立した[39]。当委員会では5年間にわたり、包括的な年次報告書をとりまとめている[39][注 6]。初代議長にはライリーが就任したほか、上述のトーマス、アルフェウス・スプリング・パッカード英語版ジョン・ヘンリー・コムストック英語版などの識者が委員を務めた[39][5]


注釈

  1. ^ この分類はITISの"Catalogue of Life" (2008) による[2]
  2. ^ 2004年に発表された別説によると、3兆5千億匹との推定結果もある[7]
  3. ^ 1933年のFaure論文、1947年のBrett論文、1953年のGurney論文[3]
  4. ^ 1917年のHebard他論文[3]
  5. ^ アメリカ合衆国労働省労働統計局が公表するアメリカ合衆国消費者物価指数英語版は1913年が統計最古のデータであり[37]、ロッキートビバッタの大規模蝗害が発生した1870年当時のデータは公表されていない。1912年以前は推計値となるが、1967年を基準年として100とした場合、1874年の消費者物価指数は34、2018年は754.6となっており、144年間で22倍強に上昇している。よって、1874年当時の2億ドルは2018年現在の44億ドル超と推定される[38]
  6. ^ ハーティトラスト上で年次報告書のデジタルスキャンが全文公開されている。

出典

  1. ^ a b Hochkirch, A. (2014). “Melanoplus spretus”. 国際自然保護連合レッドリスト英語版 2014: e.T51269349A111451167. doi:10.2305/IUCN.UK.2014-1.RLTS.T51269349A55309428.en. 
  2. ^ Annual Checklist Archive | MS Windows CD ISO Image 2008 Download”. Catalogue of Life. 2020年7月29日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m Sutton et al. 1996, p. 1.
  4. ^ Gurney & Brooks 1959, p. 4.
  5. ^ a b c d e f g h i Hopkins 2005, p. 80.
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m Garcia, Matthew (サウスウェスタン大学所属). “Melanoplus spretus, Rocky Mountain Locust”. Animal Dibersity Web. ミシガン大学動物博物館. 2019年11月11日閲覧。
  7. ^ a b Lockwood 2004, p. 21.
  8. ^ “Locust hordes”. Canada's History英語版: 43-44. (October–November 2015). https://secure.canadashistory.ca/online-store/index.php?cat=C&feature=CDH955&. 
  9. ^ a b c d e f g h i Hopkins 2005, p. 81.
  10. ^ a b Walsh 1866, pp. 1–3.
  11. ^ a b c d e MinuteEarth (A Britannica Publishing Partner). “Video - Rocky Mountain locust (Melanoplus spretus)”. ブリタニカ百科事典. 2019年12月1日閲覧。
  12. ^ a b c d e f g h Lyons, Chuck (2012年2月5日). “1874: The Year of the Locust”. HistoryNet. 2015年6月17日閲覧。
  13. ^ a b Definition of grasshopper” [grasshopperの定義] (英語). Merriam-Webster Dictionary. 2019年11月9日閲覧。
  14. ^ Meaning of locust in English” [locustの英語の意味] (英語). Cambridge Dictionary. ケンブリッジ大学出版会. 2019年11月9日閲覧。
  15. ^ Definition of locust” [locustの定義] (英語). Merriam-Webster Dictionary. 2019年11月9日閲覧。
  16. ^ J Genet Genomics 2010, p. Abstract (要約欄).
  17. ^ Gwynne 1995, pp. 203–218.
  18. ^ Flook 1997, pp. 89–103.
  19. ^ Browse taxonomic tree | Catalogue of Life: 2019 Annual Checklist”. The Catalogue of Life. 2019年11月8日閲覧。
  20. ^ a b c d 昆虫図鑑:バッタ目(直翅目)”. 岐阜聖徳学園大学教育学部川上研究室. 2019年11月10日閲覧。
  21. ^ suborder Caelifera > infraorder Acrididea > superfamily group Acridomorpha > superfamily †Locustopsoidea Handlirsch, 1906”. Orthoptera Species File (Version 5.0/5.0). 2019年11月8日閲覧。
  22. ^ ヒシバッタ上科 Tetrigoidea  - 日本産生物種数調査 -”. 日本分類学会連合. 2019年11月8日閲覧。
  23. ^ ノミバッタ上科 Tridactyloidea  - 日本産生物種数調査 -”. 日本分類学会連合. 2019年11月8日閲覧。
  24. ^ a b Scudder 1898, p. 184.
  25. ^ Thomas 1878, p. 483"Caloptenus spretus Tho. (中略) ...I claim to be the author. (中略) Mr. Uhler did not describe it, and does not claim to be the author. The name was first given in my paper published in the Illinois State Agricultural Report." (仮訳: Caloptenus spretus Tho. の命名者は私である。ウーラー氏はこの昆虫を生物学的に記載しておらず、かつ命名者であるとも主張していない。この名称は『イリノイ州農業白書』で私が最初に公表したものである。)
  26. ^ Gurney & Brooks 1959, p. 55--トーマスの1865年論文は記載が不十分であること、タイプ標本が定かでないこと、別種のMelanoplus bilituratusもロッキートビバッタと混同されていたことを理由に、トーマスが命名者とは認められないとしている。
  27. ^ Scudder 1898, p. 3-過去にBrunner von Wattenwylがロッキートビバッタの属するMelanoplusを誤って分類しており、これを正したのがスカダーであると論じている。
  28. ^ Scudder 1878a, p. 287.
  29. ^ Scudder 1878b, p. 46.
  30. ^ Scudder 1898, p. 1–412.
  31. ^ Scudder 1898, p. 4.
  32. ^ a b Scudder 1898, pp. 7–8.
  33. ^ a b Scudder 1898, p. 2.
  34. ^ Scudder 1898, pp. 184–?.
  35. ^ USEC 1880, pp. 137–139.
  36. ^ 蝗害”. コトバンク. 2019年11月20日閲覧。
  37. ^ CPI for All Urban Consumers (CPI-U)”. アメリカ合衆国労働省労働統計局. 2019年11月20日閲覧。 “「U.S. city average, All items - CUUR0000SA0」を選択すると、最古は1913年データが表示される。”
  38. ^ Consumer Price Index (Estimate) 1800-” [1800年以降の消費者物価指数推定値]. Federal Reserve Bank of Minneapolis. 2019年11月20日閲覧。 “Handbook of Labor Statistics (アメリカ合衆国労働省労働統計局出典) からのデータ転載。”
  39. ^ a b c True 1937, pp. 54–56.
  40. ^ Thomas 1878, pp. 485–501.
  41. ^ a b Chapco, W.; Litzenberger, G. (March 2004). “A DNA investigation into the mysterious disappearance of the Rocky Mountain grasshopper, mega-pest of the 1800s”. Molecular Phylogenetics and Evolution 30 (3): 810–814. doi:10.1016/S1055-7903(03)00209-4. PMID 15012958. https://osf.io/4k2yt/download. 
  42. ^ a b Lockwood, Jeffrey A. (2004). Locust: the Devastating Rise and Mysterious Disappearance of the Insect that Shaped the American Frontier (1st ed.). New York: Basic Books. ISBN 978-0-7382-0894-7 
  43. ^ Looking Back at the Days of the Locust” (2002年4月23日). 2015年4月1日閲覧。
  44. ^ Bomar, Charles R. (ウィスコンシン大学所属) (2003-08-28) (PDF). The Rocky Mountain Locust - Extinction and the American Experience. バッファロー大学. http://sciencecases.lib.buffalo.edu/cs/files/locusts.pdf. 
  45. ^ Curley, Edwin A. (2006). “Introduction”. Nebraska 1875: Its Advantages, Resources, and Drawbacks. Introduction by Richard Edwards. U of Nebraska Press. p. xvii. ISBN 978-0-8032-6468-7. https://books.google.com/books?id=UDn2TKWMQK8C&pg=PR17 






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