ユーザビリティ 背景

ユーザビリティ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/04/17 04:51 UTC 版)

背景

シャッケル

人間工学の大家であったブライアン・シャッケル(Brian Shackel)は、1991年の著作『Human Factors for Informatics Usability』の中で、ユーティリティ(utility、必要な機能があるか)とユーザビリティ(usability、ユーザがうまく使えるか)とライカビリティ(likeability、ユーザが適切だと感じられるか)という三つの側面の総和と、コスト(初期コストと運用コスト)とのバランスを考慮し、前者の比率が高いものほどアクセプタビリティ(バランスがとれており、購入するに最適である)が高いといえる、という構図を提案している。

この考え方は、以後のユーザビリティ概念(たとえばニールセン、ISO9241-11)に影響を及ぼしたと考えられる。

ニールセン

ウェブ・ユーザビリティの権威であるニールセンは、ユーザビリティに関して最初に出版された概論書『ユーザビリティエンジニアリング原論』 (1994) において、ユーザビリティの概念を、彼の考えた階層的概念構造の中に位置づけて示した。

それによると、ユーザビリティは、学習しやすさ (learnability)、効率 (efficiency)、記憶しやすさ (memorability)、エラー (errors)、満足 (satisfaction) といった品質要素から構成される概念として示されている。この定義は、いちおう人間工学、認知工学、感性工学的な側面を考慮したものになっているが、かならずしも網羅的、かつ相互排他的になっておらず、概念定義としては十分なものではない。また、それぞれの品質要素は、学習のしやすさや効率などの諸側面において問題がないようにと考えられており、いわばマイナスでない特性の集合となっている。

いいかえれば、ニールセンにおけるユーザビリティは、そのような問題点のないことを意味しており、マイナスの側面を0レベルまで向上させるという意味合いを持っている。彼がヒューリスティック評価という手法を提唱したのは、ユーザビリティテスト (usability testusability testing) による評価が全盛の時代であり、それはいいかえれば評価がユーザビリティ活動の中心となっていた時代でもあった。

ニールセンは、ユーザビリティと対比させてユーティリティ (utility) という概念を位置づけている。これは機能や性能のように製品やシステムのポジティブな側面である。いいかえれば、0レベルからプラスの方向に製品の魅力を増してゆくものである。このように、彼の定義ではユーザビリティにはプラスの方向性は含まれておらず、その意味で、小さなユーザビリティ (small usability) と呼ばれることもある。

ニールセンは、ユーザビリティとユーティリティを合わせた概念として、ユースフルネス (usefulness) という上位概念を位置づけているが、これは後述するISO9241-11のユーザビリティ定義に近いものであり、大きなユーザビリティ (big usability) と呼ばれる概念に近い。

ISO

こうした状況の中、ユーザビリティという概念にきちんとした定義を与えたのがISO規格であり、現在はこの定義が一般的に用いられている。ISOの規格におけるユーザビリティの定義には、ISO 9126系のものとISO 9241-11系のものがある。

ISO 9126

ISO 9126は、ソフトウェアの品質に関する規格であり、品質特性を機能性 (functionality)、信頼性 (reliability)、使用性 (usability)、効率性 (efficiency)、保守性 (maintenability)、移植性 (portability) に分けている。その中でユーザビリティは使用性として、理解性 (understandability)、習得性 (learnability)、操作性 (operability) から構成される概念となっている。品質特性は定量的に把握できることを重視されるため、ここでのユーザビリティは概念定義として十分なものにはなっていない。つまり、ISO 9126はソフトウェア品質について、その多様な側面を網羅したものになっているが、ユーザビリティの定義は必ずしも厳密ではなく、現在は次に述べるISO 9241-11の定義の方が一般的に利用されている。

ISO 9241-11

ISO 9241-11国際標準化機構が制定するユーザビリティ定義に関する規格である。

規格番号は9241-11、名称は「Ergonomics of human-system interaction — Part 11: Usability: Definitions and concepts」である。ISO 9241シリーズ "Ergonomics of human-system interaction" の1つ。対応する日本産業規格は「JIS Z 8521 人間工学-人とシステムとのインタラクション-ユーザビリティの定義及び概念」である。

表. ISO 9241-11改訂歴
名称 発行年 対応JIS
ISO 9241-11:2018

Ergonomics of human-system interaction — Part 11: Usability: Definitions and concepts

2018-03 JIS Z 8521:2020
ISO 9241-11:1998

Ergonomic requirements for office work with visual display terminals (VDTs) — Part 11: Guidance on usability

1998-03 JIS Z 8521:1999

この規格が定義する「効果」と「効率」は相互排他的である一方、満足は部分的に効果と効率に従属する(効果的で効率的だと満足度が高い)。同時に感性的な側面(例: 審美性)は満足固有であり、効果・効率から独立している。

この規格による定義はNielsenの定義と比較してポジティブな側面を含んだ幅広いものになっており、その意味で大きなユーザビリティ (big usability) と呼ばれることもある。このISO9241-11のユーザビリティの定義は、その後、ISO 13407やISO 20282、CIF (ISO 25062)などの各種の規格においても用いられることになり、ユーザビリティに関する現在の標準的定義であるといえる。

満足は効果・効率に部分的に従属し、また価格やデザインなどユーザビリティ以外の要因によっても影響されるため、ユーザビリティの下位概念に満足を含めない立場もある[8]


  1. ^ 編集統括), 安田英久(Web担 (2009年5月13日). “ユーザビリティ とは 意味/解説/説明 【usability】 | Web担当者Forum”. webtan.impress.co.jp. 2023年1月25日閲覧。
  2. ^ ユーザビリティが重要な理由とは?主な定義とUI・UXとの違い”. システム開発のプロが発注成功を手助けする【発注ラウンジ】. 2023年1月25日閲覧。
  3. ^ "パフォーマンス,すなわち,効果及び効率" JIS Z 8521:2020
  4. ^ ISO 9241-11:2018の定義: "extent to which a system, product or service can be used by specified users to achieve specified goals with effectiveness, efficiency and satisfaction in a specified context of use"
  5. ^ "この規格は,− ユーザビリティが利用の成果であることを説明し" ISO 9241-11:2018
  6. ^ 小林大二「JIS Z 8521:2020 ユーザビリティの定義及び概念 : 改訂のポイント」『人間工学』第57巻Supplement、日本人間工学会、2021年5月、S10-1、doi:10.5100/jje.57.s10-1ISSN 0549-4974CRID 1390569612379092480 
  7. ^ Toptal - How to Conduct Usability Testing in Six Steps
  8. ^ 黒須正明
  9. ^ "効果,効率又は満足の構成要素の中の一つの測定尺度が,ユーザビリティの全容を十分に表すことはできない。" JIS Z 8521:2020
  10. ^ "ユーザビリティの各構成要素の重要性は,利用状況及びユーザビリティを考慮する目的によって変わるため,測定尺度の選択及び組合せ方法に関する一般的な規則はない。" JIS Z 8521:2020
  11. ^ "各測定尺度の目標への相対的な重要性を考慮することが重要になる。" JIS Z 8521:2020
  12. ^ "客観的には,ユーザがタスクを完遂できていない状態でも,ユーザが正しく終了して次の行動の必要がないと思い込んでいる場合" JIS Z 8521:2020
  13. ^ "満足の客観的測定は,行動観察に基づく(例えば,システムの再利用)" JIS Z 8521:2020
  14. ^ "システム,製品又はサービスを設計する場合,− ユーザビリティが予想より低い場合,対象ユーザはシステム,製品又はサービスを利用できない,若しくは利用したがらない可能性がある。" JIS Z 8521:2020
  15. ^ "システム,製品又はサービスを設計する場合,… − ユーザビリティが十分な場合には,システム,製品又はサービスは,私的,社会的及び経済的利益をユーザ,雇用者及び供給者に提供する。" JIS Z 8521:2020
  16. ^ "システム,製品又はサービスを設計する場合,… − ユーザビリティが期待より高い場合には,システム,製品又はサービスには競争的な優位性がある" JIS Z 8521:2020
  17. ^ "客観的には,... 完遂できていない状態 ... 思い込んでいる場合にも,ユーザビリティ上の問題がある。" JIS Z 8521:2020
  18. ^ "見かけのユーザビリティ(apparent usability) ... つまり使いやすそうに見えるインタフェース" 黒須. (2022). 見かけのユーザビリティの研究について. U-site. 2022-11-10閲覧.
  19. ^ "実質的ユーザビリティ(inherent usability) ... 実際に使ってみて使いやすいインタフェース" 黒須. (2022). 見かけのユーザビリティの研究について. U-site. 2022-11-10閲覧.
  20. ^ a b Kurosu, Masaaki; Kashimura, Kaori (1995). Apparent Usability vs. Inherent Usability: Experimental Analysis on the Determinants of the Apparent Usability. CHI '95. Denver, Colorado, USA: Association for Computing Machinery. pp. 292-293. doi:10.1145/223355.223680. ISBN 0897917553. https://doi.org/10.1145/223355.223680 
  21. ^ "使いやすそうに見えるインタフェースを設計するのはフェイクにも近いことですよ、ということだ。" 黒須. (2022). 見かけのユーザビリティの研究について. U-site. 2022-11-10閲覧.
  22. ^ "無償サイトの場合には ... 少しインタラクションをしただけで簡単に他のサイトに移動してしまう ... 積み重ねという形でのユーザーエクスペリエンスが成立しにくい ... 無償サイトのユーザーエクスペリエンスは期待感と印象によって構成される傾向がある ... 見かけのユーザビリティ(apparent usability)... という点で、ユーザーの選択に影響している" 黒須. Webサイトのユーザビリティでは第一印象と長期的実利用のどちらが重要か/HCD-Net通信 #23. impress. 2022-11-10閲覧.





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